爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

退陣の菅に「おつかれさま」と言う気にはなれない。小田嶋隆さんのツイッターより。

小田嶋隆さんがツイッターに投稿した文章です。

 

いまこの時に菅義偉氏に慰労の言葉をかけることでいい人ぶる人間を私は信用しない。「おつかれさま」だのといったセリフは、棺の蓋に釘を打ち込む時に言えば良い。いまは、振り返って蒸し返して総括して、批判して、槍玉にあげるべき時だ。それをしないと、われわれは前に進むことができない。

 

どのような下心があるのか、こういう慰労の言葉を発する人が居ますが、私もまったく同様の感覚です。

 

いくら大変な業務であったとしても、国民の生活と財産を守るべき職務である総理大臣という重要な仕事を、まったくまともに遂行することもできず、そのポーズすら見せることも無かった人物は、いかに疲労困憊した外観を見せていても慰労するには値しません。

 

しかも総理大臣には自分でなりたくてなったもので、決して他から強制されて付けられた地位であるはずもありません。

 

(こんな奴と比べるだけでも失礼とは思いますが)、小学生の登校を見守り、交通安全に目を配っている方々がいます。

もしも少しのミスをして子供に怪我をさせるようなことがあり、その業務を止めざるを得なくなったとしても、その方には慰労の言葉を掛けたいと思います。

このような「ミス」とスガの「悪行」とは比べることもできません。

 

そもそも、なるべきでは無かったというところでしょう。

 

なお、このような「おつかれさま」の言葉は前任者退任の折りには日本中ではるかに多くの人間から発せられていました。

その時にも私は今以上にこの思い(もちろん、”慰労”の方じゃないですよ)を持っていたのですが、その彼は潰瘍性大腸炎などはウソのように健啖家ぶりを発揮しているようです。

 

これで、誰かが自民党総裁の座についたら何もなかったかのようにまた自公政権の暴虐が続くのでしょう。

その詐欺同然の行為に簡単に騙されて、また次の衆院選では自公持ち直しとなるのでしょう。

安倍や菅が思っているように、「こんなバカな国民はどうにでもなる」というのが真実に近いのでしょう。