エネルギーをめぐる諸問題がかつてないほどに大きくなっていますが、しかしエネルギーとはどういうものかということが、意外に知られていないようです。
この本はアメリカのテキサス大学でエネルギー資源学の教授をしているという、著者が現在の社会がどうエネルギーと関わっているかということを詳細に説明しています。
序章には「エネルギー物語は文明物語」と記されています。
なぜ現代文明はエネルギー依存であるということが過小評価されているのでしょうか。
本の最初は「水」という点に触れています。
意外かもしれませんが、水の利用は人間にとって不可欠であるのは分かっても、それに多くのエネルギーが必要であることはあまり意識されていないようです。
文明化社会の生活には大量で衛生的な水が必要ですが、それを供給するためにも多大なエネルギーが必要となっています。
世界の多くの地域では、まだ水を得るために女性や子供が何時間もかけて水汲みをするということが行われています。
これにエネルギーを使えれば、その仕事を少しは楽にできるかもしれません。
ただし、文明社会で頻用されているペットボトル入りの飲料水というものは、あまりにもエネルギーを使用しています。
都市の水道水はその配水と浄化にかなりのエネルギーを使っていますが、ペットボトル入りの水は、都市水道水の1000倍以上のエネルギーを使っています。
これは主にペットボトルの製造に使われています。
次は「食糧」です。
これもその最初の農作物・畜産物・魚介類等の段階から、輸送、加工、貯蔵、販売のいずれの工程でも非常に大きなエネルギーが費やされています。
食糧の安全保障はエネルギーの安全保障でもあります。
エネルギー政策に失敗すれば食糧供給にもつながり社会不安が一気に増大します。
メキシコのトルティーヤ暴動というものは、アメリカのバイオ燃料によってトウモロコシの値段が高騰したことにより起きました。
他の多くの地域でもエネルギー価格が高騰すれば食糧危機が起きるという事態になっています。
輸送やIT産業といったところでのエネルギー消費が莫大であることは良く知られているでしょう。
高速コンピュータが直接消費する電力はさほどではないにしても、それを冷却しなければならないため、その空調エネルギーがアメリカ国内の総エネルギー使用量の2%を越えているそうです。
軍事産業でもエネルギーは最重要項目です。
第二次世界大戦前の世界ではアメリカの石油生産量が最大でした。
そしてアメリカなどが日本に対して石油禁輸措置を取ったことが日本の真珠湾攻撃を生み出し、石油を得ることができなかった日本はずるずると敗戦しました。
ドイツも当時は石油供給の75%をソ連とルーマニアに頼っていたので、ドイツとソ連が不可侵条約を結んだにも関わらずドイツがソ連侵攻を行ったのは石油確保のためでした。
なお、戦時中には燃料とする石油確保が重要でしたが、アメリカでは航空機製造のためにアルミニウム製造が急務でした。
これには多大な電力が必要となったのですが、コロラド川のダム発電所でなんとかそれを供給したそうです。
最後の「エネルギーの未来」の点では少し解析能力が落ちているようです。
「化石燃料使用は下げるのはもちろんだが、消費削減は無理。
必要なのは原子力や風力、太陽光を進めること、そして排出する炭素を捕捉して浄化し利用すれば、地球環境を劣化させることなくエネルギー利用を維持し拡大することができる。」としています。
エネルギーが社会のすみずみまで入り込み動かしているという現状認識はさすがに専門家ということでしょう。
しかし、「原子力・風力・太陽光・二酸化炭素捕集」で「エネルギー利用を拡大できる」というのは、専門家の限界を示しているとも見えます。
ここにも「エネルギー収支(EPR)」の正確な認識というものがこのような専門家にも欠けているということが示されているのでしょう。