軽い感じの書名と、中身も多くの人が感じるような生活上の悩みが並べてあるため、よくあるような「人生の達人」が庶民の悩みにお答えするというものか、あるいはもっと悪くて宗教的な教えの本かと思いました。
しかし実際はまったく異なり、進化心理学の知見を取り入れて人々の本能と理性の食い違いから生じる人生の悩みを軽くしようという、かなり学究的な内容でした。
というのも、著者の石川さんは生物物理学、情報工学を専攻したあと企業の研究所や政府系シンクタンクを経て大学に戻り、人工知能技術を研究するという経歴の方で、心理学だけを研究したということでは無いからのようです。
多くの「人生の悩み」というのは、実は「ホットハート」と「クールマインド」の食い違いから生じています。
このホットハートというのは、人類が数百万年の進化の歴史で獲得してきた本能から由来する思考の癖のようなもので、いくつものモジュールからできています。
一方、クールマインドというのは人類が文明というものを作り上げながら発達させてきた熟慮的な思考というものをする知能です。
草原をせいぜい100人程度の仲間たちと獲物を求めて歩き回り、それで生き延びてきたという期間が人類の歴史のほとんどを占めていますので、人間の心理のほとんどはそれに適応するようにできています。
しかし、文明化以降の人類社会はそれとはかなり違った性質のものとなってしまい、それに適した思考を必要とします。
それが上手く行かないとホットとクールの狭間で悩むということになります。
人によってホットが強いかクールが強いかという傾向の差がありますが、どうしてもホットの本能に動かされやすいため、意識的にクールな考え方をしていかなければならないということです。
太るから、体に悪いからと分かっていても食べ過ぎてしまう。
こういう悩みは多くの人が持っているでしょう。
しかし、人類の歴史の大部分では食糧は常に不足しており、食べられる時には可能な限り食べて栄養を脂肪にしてでも蓄えておくことが生き延びるための方法でした。
そのため、ホットハートはとにかく食べ物があれば食べておけという「食欲モジュール」として作動してしまいます。
一方「食欲抑制モジュール」というものはまだほとんど進化していません。
人類が食べ物を豊富に手にすることができるようになったのはせいぜいここ100年、しかも一部の国だけです。
このような短期間ではそのような進化はまだ起きていないと考えられます。
食欲抑制モジュールが発達したのは鳥類だけのようです。
鳥類は空を飛ぶことが絶対条件ですが、太りすぎると飛べなくなるためそう進化したそうです。
ただし、それなら「クールマインド」を使ってどうやってこれを押さえるかという記述はやや力が弱いようです。
「食べ物をみても”それは本当は美味しくないぞ”と自分に言い聞かせる」ことだそうですが、そんなことで上手く行くはずないということは多くの人が知っているでしょう。
職場に気の合う仲間ができないというお悩み。
これもよくある悩みのようです。
しかし、本当に「職場に仲間が必要か」を考えるとそれも本能に縫い込まれているものです。
長い狩猟採集時代には人類は数十人からせいぜい百人程度の集団で共に生きてきました。
これらの集団は密接な仲間であり、それが上手く機能しない集団は絶滅していきました。
そのような時代が長すぎたために、どうしても職場を「協力集団」と考える本能が残っているようです。
日本ではかつては会社もそのような協力集団であるように考え、装ってきました。
会社は家族といった雰囲気を見せるようにしてきたものです。
しかし、現在の職場というものは協力集団というよりは契約集団になっており、そこでは無理に仲間意識を持つ必要もありません。
「職場に仲間が居ないと不安」というのは長い歴史からできた遺伝的な性質ですが、職場以外の仲間作りを行う方が良さそうです。
なかなか面白い視点からの実生活への提言と言えるかもしれません。
ただし、解決策がそこまではっきりはしていないのは仕方ないところでしょう。