爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「道を見つける力 人類はナビゲーションで進化した」M・R・オコナ―著

最近はGPS機器の発達でスマホを手にすれば完璧なほどの道案内ができるようです。

しかしほんの少し前、人類が荒野を歩き回り獲物を探していた時代にはGPSなどなくても狩場から家族のもとに帰らなければならず、それを誰もがやっていたはずです。

 

本書著者のオコナ―さんは研究者ではなく科学ジャーナリストということですが、様々な学説の発表者を取材し、実際に実例を現地に訪ね、この問題を様々な方向から掘り下げていきます。

その結論は少し怖ろしいほどのものかもしれません。

 

野生の動物が地球を半周するほどの旅行をしても目的地を見つけ出すということが多くの種で知られています。

それを可能にしているのは何か、まだ定説はないようですが、地球の磁場を感知する能力があるとか、太陽の位置を記憶しているとか言われていますが、それを司っているはずの器官というものは見つかっていません。

 

それに匹敵するような行動をする人類も居ます。

北極圏のイヌイット、オーストラリアのアボリジナル、オセアニアの海洋民族などは一見なんの目標も無いような氷原、荒野、大洋の中で正確に動き回り、ちゃんと元の場所に戻ってきます。

どうやってそのようなことを可能にしているのか。

動物のように本能のままに動いているのではないようです。

こういったことを専門に研究している人類学者が多数いて、彼らの成果から共通するものが見えてきます。

そういった民族の中には口承で伝えられた移動の目標というものがあり、それを完全に記憶することで移動してもそれを探し出しそれに沿って方向を決めているということです。

文明人はかえって分かりませんが、氷原の中の微妙な形の変化、海原の中での海流の方向や星の位置などを正確に伝え、数百kmにも及ぶコースを記憶しているのです。

 

ただし、そういった伝承は最近になって急激に失われています。

GPSのついたスノーモービルや高速船が普及し出し、若い世代はそちらに向かってしまいます。

ただし、GPSが下す託宣には氷の下に潜むクレバスなどは含まれていないので、それに突っ込むという事故が増えているそうです。

 

人類もかつては動物と同様の空間認識の本能があったのでしょうが、進化と共にそれは忘れられ、その代わりに位置や方角を認識し記憶するという能力を身に着けました。

それは脳の中でも海馬という領域であり、現にロンドンのタクシー運転手では海馬が通常より発達している例が見られるそうです。

 

そして著者は大きな結論に到達します。

空間認識本能を失った人類はそれを補うために海馬を発達させ、それで空間を細かく記憶することで空間認識能力を獲得したのではないか。

そしてその能力の舞台となる海馬は他の脳の働きにも大きく関与し、その発達を支えたのではないか。

 

しかし、現代に至り新たに開発されたGPS装置は海馬の働きとは関係ないところで人々の道案内をします。

特に顕著なのが、カーナビなどで「次の角を右に」という指示をさせそれに従って運転をすることで、これをやっている人は海馬ではなく脳の尾状核という部分が刺激されるそうです。

これに慣れ切った人々は脳の働きも弱まるのではないかというのが著者の危惧です。

 

現に最近の学生たちはGPSがなければどこにも行けないという人が増えているそうです。

子供の頃に空間認識能力が優れた人はその後も知的な職業に就く人が多いとも言われています。

幼い頃から空間認識力を鍛え脳を刺激し海馬を活性化させることがその後も有効なようです。

その機会を奪い、さらに大人になってからは徐々に低下する空間認識能力を鍛えることもなくすり減らすだけのGPSに頼るとどうなるか。

自動運転車などと言うものも開発されていますが、それに乗せられて動くだけの人間はもはや脳の働きも無くなるのかもしれません。