内田樹さんの自宅に週刊金曜日編集長に就任された植村隆氏が訪ねてこられ、インタビューをされたそうです。
その記録をこちらに掲載しているのですが、週刊金曜日の誌面にはすでに載ったのでしょうか。
インタビュー記事ですので、植村さんが尋ねてそれに内田さんが答えるという形でしょうか。
すでに編集はされていると思います。
最初は、「日本が生きづらい社会になっている」点についてです。
「息苦しい」「身動きが取れない」と感じている人が多い。
それは社会が閉塞感で満たされているからでしょう。
バブル崩壊後の苦しい状況で、パイの分け合いどころか、パイの取り合いになってしまった。
その中で、自分に許されたスペースから出ようとすると批判されるようになった。
荻生田文科相の「身の丈」発言もそれを見事に言い表していました。
この社会が閉塞的になった経緯というものの説明が内田さん独特のものでしょう。
バブルで日本の財産が名目上大きくなったことで、「もしかしたらアメリカに奪われた国家主権を”金で”買い戻せるかもしれない」という期待が膨らんだ。
しかし、バブル崩壊でその夢は泡のように消えてしまった。
そして主権買い戻しの国家目標も消えてしまった。
その脱力感が大きかったというものです。
安倍政権の7年間は「暗黒の時代」として歴史に残ると述べています。
これは私も完全に同感です。
経済もだめですが、特に教育の崩壊、科学力の衰退が劇的に進んでしまった。
特に教育現場に市場主義を導入したことにより、選択と集中をしたように見えながらそこでは子供の成熟を阻むようなものになっているということです。
さらに、政権に司法とマスコミがおもねるようになってしまった。
桜を見る会事件で、司法がまったく動こうともしないということに危機感を持っています。
またマスコミの報道姿勢にもそれが顕著になっています。
ただし、その情勢も政権に取り込まれた上層部の個人的なものであり、構造的な腐敗ではないとも言っています。
そんな中で、れいわ新撰組の山本太郎氏への期待は口にしています。
日本にはほかに見られない大きな器の政治家だとか。
しかし安倍内閣の支持率は下がりそうで下がらない。
もう自分の枠を守るだけの人々には総理を代えようなどと言う考えも起きないようです。
ならばどうすれば良いか。
――そのような状況下で、わたしたちがするべきことは?
「みんな、それぞれの場所で、創意工夫をしてやってください」ということに尽きますね。僕がとにかく声を大にして言いたいのは、「自分らしい」などという言葉に囚われて、自己限定をし、自由度を下げるような生き方をやめたほうがいい、ということです。「みんな好きにやってください。まわりががたがた言っても気にしないでいいです。」それに尽きますね。「身の丈にあった」「身の程をわきまえろ」などという言葉でどれだけ日本が窮屈になっているのかを反省してもらいたい。
――そのようなやばい状況に気が付き、好きに生きろと?
僕からのメッセージは「身の程を知るな」、「身の丈を超えろ」ですね。これは小学生から老人にまで言いたい言葉です。「小さくまとまるなよ」と。
「身の程を知れ」と言われることが多い世の中のようですが、「身の程を知るな」といのが内田さんの言葉でした。