爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

大相撲、「立ち会いの変化」は本当に悪いのか。

この記事を載せる頃には大相撲の今場所の結果も出ていることでしょうが、それにはひとまず触れずに、「立ち会いの変化」について書きます。

 

「立ち会いの変化」とは、大相撲で立ち会い(試合開始)で身体と身体をぶつけて始めるべきところを、当たる前に左か右に身をかわし、つんのめった相手の身体を引き落としたり、突き落として勝つことを言います。

 

あの100kg台の巨体のぶつかり合いを期待する人々からは非難殺到、とくに横綱大関など高位の力士や、若手の有望株がそれをすると罵られることが多いようです。

 

彼らはこう言われるでしょう。

「そんなにまでして、勝ちたいか」

これに対しては、力士は「はい」としか言えないでしょう。

勝数の一つの差で地位が上がったり落ちたり、それで給料が大きく違い、相撲生活を断ち切られる場合もあります。

 

今場所でも、大関陥落のかかる栃ノ心が変化で勝ったり(それでも結局負け越しましたが)、優勝を争う御嶽海が大関戦でかわしたり、という場面が見られました。

特に、御嶽海はファンも多い一方、嫌う人も多いようで、彼らにとっては絶好の罵るタネになっているようです。

 

しかし、見る方から言えばまったく面白くもない相撲になってしまうのですが、やる側の力士にとっては批判されるリスクはあっても必ず勝てる手法なのでしょうか。

 

変化をして身をかわすと、見破られた場合はあっさりと付いてこられてそのまま簡単に押し出されて負けてしまうと言われます。

確かに、たまーにそういう場面も見たように思います。

また、もしも「必ず立ち会いで変化する」力士が居たとすると、相手力士はそのつもりで立ち会いますので、だいたい「必ずついて来られて負ける」でしょう。

しかし、今ではほとんどの力士が前も見ずに猪突猛進で突っ込みますので変化で勝てる可能性がかなり高いようです。

 

結局、「立ち会いの変化」に対応できる力士が減ってしまっているのでは。

そのため、とにかく1勝がなんとしても欲しい場合は、周囲からの非難は覚悟してでも立ち会い変化をする利益はあるということです。

 

そんなに嫌なら禁止したら。