爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

行ったことのある都道府県 長野県

都道府県の中では、熊本、神奈川とともに私にとっての意味が非常に大きいのが長野県です。
両親ともに長野県の出身で、親戚の多くも長野にあります。そのため昔からたびたび長野を訪れてきました。
両親の郷里は長野と言っても南部の飯田市周辺です。父の郷里(今は実家の跡もありません)と母の実家は10kmほど離れていますが、どちらも天竜川の流域にあります。
そのあたりは「伊那谷(いなだに)」と呼ばれますが、木曽のようにいかにも谷といった感覚ではなく、木曽山脈中央アルプス)と赤石山脈南アルプス)にはさまれてはいますが、広々と感じる場所です。天竜川流域も飯田市以南は渓谷となりほとんど平地もないところを流れていきますが、中流域はかなり広く両岸に田畑が広がっています。
冬は気温はかなり低くなりますが、積雪はさほどありません。春から秋にかけては果樹の栽培が盛んでリンゴ、梨、桃、柿などが生産されその量も多くまた非常に良質であることで有名です。

長野に行った時に一番長く滞在していたのは母の実家で、天竜川の河岸段丘の2段目に上がったところにあります。水田は1段目だけで、2段目より上は畑地になっています。昔は1段目には広々とした水田が広がっていましたが、最近はほとんど工場が立ってしまいました。実家の前の道も昔は石ころだらけの道で街灯も無く、夜になると真っ暗で歩けないほどだったのですが、今は下の工場群に通う人たちの車が絶える事がないそうです。

両側にアルプスがあると言いますが、実は天竜川の河畔からは中央アルプスは見えるものの南アルプスは見通せません。その前に数段の小さな山があるためにそれに隠されてしまいます。反対側のかなり高いところまで登らなければ3000m級の峰々が連なる主峰は見えないようです。中央アルプスの方はそのような前衛峰がないため、主峰がそのまま見えます。父の郷里から見ると空木岳、念丈岳が見えるはずですが、どれがどの山と見分けもつなかないほど連続した峰々です。冬場にはさすがに雪で覆われるのですが、夏には青々とした姿を見せてくれます。

登山を趣味としているわけではないのですが、いろいろな機会に長野の各地の山を訪れ、バスやロープウェイなどを利用して山頂に立ったこともあります。木曽駒ケ岳(宝剣)にはロープウェイで登りましたし、霧が峰にはバスで近くまで行きそこから歩きました。本格的なトレーニングや装備の準備なしに高山を体験できるのは邪道でしょうが、本当にありがたいものです。
木曽駒ケ岳を訪れたのはもう40年近く前の秋でしたが、幸運にも天候に恵まれ南アルプス越しに富士山まで見通すことができました。

川も長野では河口近くとは異なり流れが速く清清しさを感じさせます。川ばかりでなく田畑を潤す用水路でも冷たくきれいな水が音を立てて流れていきます。現住所の熊本南部では干拓地のため用水路もほとんど動かず、ゆったりと流れているのとは大きな違いです。これも山間の風景でしょう。

子供の頃から長野を訪れるのはたいてい夏場で、せいぜい春と秋が数回あった程度ですが、一度だけ親戚の結婚式で1月に行ったことがあります。八王子から中央線の特急に乗り、飯田線の列車で南下したのですが、山梨から長野に入ると雪景色で諏訪湖あたりは真っ白でした。それから南下するとだんだんと雪は消えて行き下伊那に入るとほとんど積雪は無かったのですが、寒いのは間違いないところでした。
久し振りだったので結婚式出席前に自家の墓の墓参りに行ったのですが、少し山を登るところで道は雪が凍っており、しかも革靴を履いていたのでツルツルでかなり怖い思いをしました。
しかし、真冬の風景も見事なものでした。

長野の風景はとても一つに絞れるものではありませんが、先祖の墓のある山の中腹から見た中央アルプスを挙げておきます。