爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「”化学物質”恵みと誤解」ジョン・エムスリー著

著者のエムズリーさんはロンドン大学で研究・教育に当たった後、科学ライターという職についているそうです。
”化学物質”という言葉はもちろん原著では使われていないはずですが、日本語では本来の意味を離れて独特の語感で使われています。訳者の元東京大学教授(現東京理科大)の渡辺正さんは当然それを狙ってこの書名にしたのでしょう。
長らく化学関係に近いところで仕事をしてきましたので、私も”化学物質”という言葉は通常は使いません。”物質”というのとほとんど意味も変わらないため特別に”化学”をつけるという意味も無いためですが、この辺のところは化学にあまり縁の無い(ということは知識も無い)一般の方々には理解しにくいことのようです。
この辺の事情は欧米でも似たようなものらしく、本書も”化学物質”という言葉に過剰に反応する人々にその利点欠点の双方を解説する形式となっています。

例えば第1章は化粧品などに使われる物質から説き起こしてありますが、これは女性読者を意識した構成なのかも知れません。口紅などに使われる色素ははっきりと構造も分かったいわゆる「化学物質」であるのはもちろんですが、これはよく分からないような「天然物質」を使うのは危険があるからでもあります。4,5ジブロモフルオレセインなどと聞いて安心できる人と怖ろしく思う人とが居るのでしょうが、安心する方が正しい態度なのでしょう。
トランス脂肪酸もよく話題に上りますが、本書でも数ページを費やしています。多種の脂肪酸の一種に過ぎないのですが、異常に注目されるのもいろいろなわけがありそうです。工業的に作られた食用油に多く含まれたということもありますが、実は天然にも作られるものであることはあまり知られていないのかも知れません。

殺菌剤や薬品・抗生物質などもまさに化学物質そのものとも言えますが、これら無しには今日の衛生的・健康的社会は作られなかったものです。こういったものも嫌う人もいるようです。

終章には「化学不信と化学恐怖症」という表題を付けられていますが、やはり欧米でもこういった一般の態度というのがよく見られるのでしょう。こういった人々を扇動するやり方というのも日本と共通のようで、著者の注意も共通です。
扇動者は一応科学知識も持っているため、それらを利用したテクニックも熟知しています。専門家が見れば歴然としていますが、恣意的なデータの取り扱いなど似たようなことは世界のどこでもやっているようです。
著者が注意すべきというものは参考になります。1.原点の無いグラフ、2.誤差範囲が書いてない数字、3少人数の調査結果(または調査人数が書いてない)4.パーセント表示だけの結果、等々です。

さらに、「発ガンリスクというのは大変小さい」「カクテル効果(複合汚染効果)など存在しない」「人体は絶妙な解毒システムをもつ」「化学分析は想像を絶するほどの微量も検出する」というのは極めて妥当な主張であると思います。