「サプリメント・医薬品から危険ドラッグまで」という副題がついていますが、こういった物質に関わる話題と共に、本書後半は薬学や薬剤師をめぐる問題点についても書かれています。
というより、どうもそちらの方が著者のもっとも言いたかったことのように感じます。
「医薬分業」などと言われて医者から貰った処方箋を持って薬局に行くという体制だけは作られていますが、どうもまだ薬剤師という職業に対しての認識は十分とは言えないようで、そういった社会に対するもどかしさを強く持っていてそれを書きたかったという方が主だったのかもしれません。
とは言え、最初は毒と薬をめぐる事件や事故から説明されている導入部。
保険金殺人事件で毒が使われた事例や、スポーツとドーピングについて、さらに麻薬や覚せい剤、危険ドラッグまで、社会的に問題となった例を説明されています。
さらに歴史的に使われてきた毒と薬、これも古代から広く分布していました。
「世界五大矢毒文化圏」というものがあるそうです。
狩猟をする場合に矢の先に毒を塗ることで効率を高めるということは昔から行われてきたのですが、矢毒を研究してきた石川元助さんという方は「世界四大矢毒文化圏」というものを提唱されています。
すなわち、北アメリカから日本、ヨーロッパにかけて広く広がる「トリカブト矢毒文化圏」、東南アジアの「イボ―矢毒文化圏」、西アフリカの「ストロファンツス矢毒文化圏」、南アメリカの「クラーレ矢毒文化圏」ですが、本書著者はそれに中米のコーコイ矢毒文化圏を含めて五大矢毒文化圏を提唱したいと書かれています。
矢毒を用いる狩猟というものは人類の築き上げた文化と言えるものですが、不幸にもそれはその後殺人や戦争にも使われることになり、さらに麻薬にも発展していきます。
薬と毒との相違というものは絶対的なものではなく、毒にも薬にもなるというものが多数存在します。
また現在ではほとんど毒としてしか認識されていないものでも、かつては薬として使われたものもありました。
中国の唐王朝の時代には水銀化合物が不老不死の妙薬と考えられたため、歴代皇帝の20人のうち少なくとも6人は水銀中毒で早死にしたそうです。
現代でもサプリメントなどで健康に良いと考えられて飲まれることで逆に健康被害が現れることはよくあるようで、ビタミン類でも過剰摂取で有害作用が生じることは珍しくありません。
また、「ダイエットに効く」などと称するものによる健康被害も頻発しています。
覚せい剤で痩せるということもあり、これをダイエット薬として摂取などと言うこともあるようですが、実際に痩せたとしても決して勧められるものではありません。
中国などから輸入される漢方薬でも痩せると称しているものもありますが、これにも覚せい剤と類縁の化合物が混入されているものもあるようです。
後半部、日本の薬剤師をめぐる話や、薬学教育についての話は、大きな問題なのでしょう。
著者の船山さんは子供の頃から植物や生薬というものに興味があったそうで、それで薬学部に進学という方向でしたが、他の多くの薬学部学生の中には、医者になりたかったけれど学力が足りないからという理由で進学した人も多いようです。
そのためか、医師に対してコンプレックスを感じる人も居るとか。
しかし、これは日本の医薬の歴史から来た事情も関わっています。
江戸時代から明治時代にかけて、日本の医者というものは「診断して薬を出す」のが医業というものと捉えられていました。
薬を作るというのも医者の仕事と考えられていたため、医薬は分かれていませんでした。
その伝統から、薬剤師というものも医師の指示の下、薬を出すだけのように考えられてきましたし、現在でもそういった感覚から抜けきれないようです。
大学の薬学部でも薬剤師受験を目指すところは6年制となりましたが、薬剤師は視野に入れずに4年制の学部も存在し、そこの学生は製薬企業や研究職を目指すということもあるようです。
どうも薬学という分野の中でも薬剤師という存在は微妙な立場なのかもしれません。
本書では麻薬や覚せい剤、危険ドラッグについてはかなり多くの記述がされていますが、特に危険ドラッグの問題は繰り返し強調されています。
取り締まりが強化されそれを逃れようとした動きもあり、これまでの危険ドラッグの化学構造を一部変えるといったものが次々と作られていますが、その作用がどのようなものかということは「まったく」調べられていないそうです。
つまり、それをすぐに売り出して使う人間がそのまま人体実験をしているようなものだそうです。
さらにその製造方法もいい加減なものなので、どのような不純物があるのかも不明確、そういった中身の保証が何もないものを使っているというのが危険ドラッグの実態だそうです。
薬や毒といったものについて、かなり広い範囲の話題を取り上げて説明されていました。
ちょっと広すぎたのかもしれませんが、各所に参考となることはあったようです。