宮城谷昌光さんは、はじめは「夏姫春秋」「重耳」といった中国古代に題材をとった作品で数々の文学賞をとりました。
その対象とする時代は、周王朝末期の春秋戦国時代から秦漢にかけてが多く、以前から史記や春秋左氏伝といったものを愛読書としていた私にとっては非常に親近感を覚え、多くの宮城谷作品を読んだものです。
この「子産」もその一連の作品の中の一つです。
主人公の子産は、春秋時代中期の中原の小国「鄭」(てい)の貴族で、孔子や晏嬰といった人々より少し年上の世代です。
鄭という国は、周王朝が一時衰退した頃(例の、笑わない王妃妲己の頃です)に王の親族が建国し、最初の頃は王朝の重要ポストを占めたほどの有力国だったのですが、徐々に力を失い春秋時代中期には、北方の晋と南方の楚という二大大国に挟まれ、苦しい対応を迫られている国でした。
晋が攻めてくれば晋に従い、楚が攻めてくれば楚に従うという態度で、結局は両国からも信頼されなくなりました。
子産はそのような鄭の、中位の貴族の息子として生まれましたが、幼少時より非常に聡明で、多くの知識を学び後には当時最高の知識人とまで評されました。
孔子なども子産を称賛したそうです。
後には、鄭の国の政治を預かるまでになり、国の立て直しに尽力しました。
この本の中に出てくる人々は、必ず他の歴史書にも登場する人物だけに限ったと、宮城谷さんのあとがきにも強調してあります。
歴史小説の難しさでしょうが、あまり史実にこだわると筋の展開がやりにくくなるということもあるでしょう。
しかし、この子産について言えば、実際の史実が十分に劇的要素を含んでいたために、創作の必要性も少なかったのかもしれません。
なお、宮城谷作品でもさらに時代をさかのぼったもの、殷や夏の頃の作品や、春秋時代でも前期の管仲を扱ったものではさすがにそれでは済まなかったのか、創作人物も登場します。
それはそれで、面白いのですが。