著者の正田さんは同じ岩波新書版で「消費者の権利」という本を1972年に出版されております。
それから状況も大きく変化したということで、新版を発行するということになり、準備を進めておられたのですが、2008年に草稿を仕上げたものの、2009年にお亡くなりになってしまいました。
そこで、お弟子さんの立教大学の舟田正之さんと佐賀大学の岩本諭さんが若干の校正を加えて出版にこぎつけたということです。
正田さんは経済法の中でも消費者に関連する法学がご専門の研究分野で、特に独占禁止法を深くご研究されていたそうです。
その生涯の研究からも、消費者にその権利というものを自覚してもらうよう切望されて書いたのが本書なのでしょう。
アメリカなどではちょっとしたことでも訴訟するなどと半ば揶揄されるように日本では言われますが、逆に見れば日本人は相当な権利侵害があっても泣き寝入りすることが多いということです。
特に、消費者としての権利を自覚せずに何が起きてもそのままといった人が多いようです。
自治体などに「消費者相談室」が設けられていることが多いのですが、これも日本特有の現象です。
しかし、その相談室すら利用することもなくどのような被害を受けても声を上げない人が多いのですが、もう少し自覚して言うべきことは言ってくれという、著者の正田さんの声が聞こえるような本になっています。
商品に内容を表示させるということも、ようやく進んできたような観もありますが、まだまだでしょう。しかし正しく必要な表示をさせるということも、消費者として大事な権利です。
不当表示を廃するというだけではありません。「正しく必要な表示」というものを求めていくのも当然の消費者の権利です。
また、商品・サービスの価格決定に参加するというのも消費者の大きな権利です。
競争を前提とした市場価格の決定ということがあれば、消費者も価格決定に参加していることになるはずですが、様々な場合にその権利は侵害されています。
独占禁止法の適用が制限され、その結果市場支配力の強い事業者が独占価格を付けている場合が多く見られます。
特に公営事業などは何の議論もなく価格決定がされている場合が多いようです。
法律上の隙間、関係省庁の縦割り行政などの害で消費者の安全が守られない例も頻繁に起きています。
1995年以来頻発していたこんにゃくゼリーによる窒息死事件も農水省、厚労省が関わっていてJAS法、食品衛生法の規定が不十分であるということから法的な措置がまったく講ぜられず、次々と被害者を出してしまいました。
郵政民営化が進められていたとき、その理由を正当化するものとして簡易保険郵便貯金の資金を財政投融資にあてることの問題が取り上げられました。
しかし、利用者側からみて財政投融資の政治的な利用の問題など何の関係もありません。郵便事業が効率化のために利用しづらくなるかどうかが最大の問題であるにもかかわらず、それをきちんと評価しない議論が多かったようです。
結局郵便局の廃止などで消費者としての権利は大きく損なわれました。
消費者保護のため、消費者庁が設置され一本化した対応が可能となったように見えます。
しかし、同時に改定された消費者基本法では「消費者の責務」ということが定められており、消費者保護の観点からは後退しているとも言えるものです。
消費者責務として、消費者が消費生活に関わる知識や情報を習得するよう「務めなければならない」となっています。
そうではなく、必要な情報は事業者側がきちんと開示しなければならないと言うべきだろうというのが著者の意見です。
最後のところ、少し考えさせられました。
ともすれば「知ろうともせずに騒ぐだけ」という人々を非難するような目で見がちなのが普通です。
しかし、まず「十分に知らせる努力をする」ことが必要だというのは確かなことでしょう。それをしない事業者をまず変えていくことがなければならないのでしょう。