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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー文明論「石油は枯渇するのか、代替エネルギーは その2」

エネルギー文明論

その1では原子力発電しか取り上げませんでしたので、その他のエネルギー源を評したいと思います。とはいってもEPRの具体的な数値を上げるだけの知識はありませんので、必要であれば「もったいない学会」のホームページや、もったいない学会会長の石井吉徳さんのブログや御著書を参考にしてください。

EPRを通してエネルギーと言うものの質を考えていく上で忘れてはならないのは「エネルギー源はEPRがすべて」ということです。他の物品の製造などを考える場合には、いくら投入エネルギーが高くてもそれを上回る価値が創造できるならば作る価値がある場合が多いといえます。例えば、遊園地の遊具であっても製作するにはエネルギーを費やすわけですが、出来上がった遊具には「遊ぶために使える」という付加価値がありますので、使ったエネルギーも許せる場合が多いわけです。
しかし、エネルギー源について言えば「EPRが低ければ全く存在価値がない」ということになります。これは作り出すものがエネルギーそのものであるために、それ以外の付加価値は無いと言えるからです。

ここのところで、現在出回っているEPR値というものがそこまでしっかりと考えて算定されているのかどうか疑問を感じてしまいます。
例えば太陽光発電であれば反応するパネルの製造エネルギーは形だけは算定しているでしょうが、それだけでは装置はできません。装置を入れる容器を製造するエネルギーはきちんと算定されているのでしょうか。また、装置ができても設置する場所を整備するにもエネルギーはかかります。また、装置をそこまで運ぶだけにもエネルギーを使います。さらに家の屋根に乗せるのであればそれにもエネルギーがかかります。配線をしなければなりませんが、そのエネルギーはどうでしょう。設置のあと定期的にアフターサービスをしなければなりませんが、そこまで自動車を使うならそのエネルギーも算定する必要があります。最後に寿命が来たあとに廃棄もしくはリサイクルをするのでしょうが、そのエネルギーまですべてを計算しなければなりません。このような考慮をしているとはとても思えないのが現在の公表されているEPR値です。

実は以前、太陽光発電装置のエネルギー効率が知りたいと思い関係する機関などのホームページなどを調べたことがあったのですが、そこにはEPT(Energy Payback Time)で3年程度といった数字が載せられていました。
EPTはEPRと同じような意味の指標ですが、製造に費やされたエネルギーを何年の運転で取り戻せるかと言う値です。EPRと比べるとその寿命がどの程度かと言うことが関係してきますが、EPRでも実は寿命算定は必要になりますので、実質的には大差はない概念かと思います。
その頃には装置の寿命は20年程度と言われていましたので、3年以降はプラスになるというならば十分にエネルギー製造の元を取れることになるのですが、どうもおかしな点がありました。
それはその数値が「どこに設置した場合か」が何も書かれていなかったということです。太陽光発電では設置場所により発電量に大きな差が出るのは当然であり、赤道付近と高緯度の場所では数倍の差が出るでしょうし、さらに気候による違いも大きなもので無視は出来ません。おそらくそこまで考えれば最短で3年であれば条件の悪いところなら10年以上ということもあるのではないかと考えられます。
それも考慮されていないということは、この数値は実は「定格出力」で出されているのではないかと想像したわけです。つまり、実際の日射量などは考えずに理想的な発電能力だけで計算しているのではないかと。
その答は結局分からないままですが、大きな間違いはないのではないかと想像しています。

そこまで考えないとしても、現在の太陽光発電装置、風力発電装置を作り出しているエネルギーは間違いなく火力発電の電気と石油です。この意味でまったく「再生可能エネルギー」などではありません。
再生可能エネルギー」であると言うならば、無人島などで太陽光発電装置だけで装置の再生産ができるかどうか、考えてみれば無理なのは明らかです。「装置の再生ができるかどうか」を考えてください。
風力発電も同様で、直径が何十mもあるような巨大風車などどれだけのコンクリートや鉄、プラスチックを使っているのでしょうか。さらによく設置されているような山の上など、そこまでの道路設置や整地にはブルドーザーを使ったのではないでしょうか。そのブルドーザーの燃料は何でしょう。

このように、石油や石炭天然ガスが無くなれば装置製造も危うくなるのが現在の「再生可能エネルギー」の正体なのです。

未完成な技術を育てるのに、補助金をつけて大量生産をすればコストが下がると言うことが良く言われます。現在の再生エネルギー電力の買取制度というのはまさにそれを狙ったものです。段々と安くなっているとは言え、その価格は1Kwhあたり40円近いという途方もない高額で、通常の電気料金(使用者側の)と比べても倍近くと言われていました。もちろん、発電側から見た生産者価格と比べればはるかに高い金額設定になっています。
これは、ここまで高くしても普及させていけば生産原価が安くなるからそのうちにコストも合ってくるという考え方です。
どうも、コンピュータなどのIT関連技術などを見ていて、勘違いするようになったようです。コンピュータのハードディスクなど、20年前は10Mbで10万円以上もしていたのが、現在では容量ではその1万倍の100Gbのものでも1万円ちょっとで買うことができます。
しかし、技術の分野では何年たってもそれほど進歩がないと言うものもあるようです。土木関係では河川の堤防をコンクリートで作るのにコストが格段に安くなったということもありません。かえってコストがアップする場合もあります。風力発電などはもう桁違いの改良ということもできない技術ではないでしょうか。太陽光発電でも反応パネルの部分では若干の改良はできるかもしれませんが、その他の部分ではそれも望めないのではないでしょうか。