爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「新版 日本人になった祖先たち」篠田謙一著

日本人がどうやって成立してきたか、それを扱った篠田さんの前著は読んで書評も書いていますが、この分野でのDNA解析技術の進歩は甚だしいもので、どんとんと新たな知見が得られているような状況です。

それを基に現状での知見をまとめてみようということで書かれています。

 

本書の主題は日本人の先祖ということですが、人類の広がりというものを理解する上では世界各地の状況にも目を向けざるを得ないというものです。

日本やアジアには意識を向けていましたが、意外に世界の各地の解析状況というものも参考になりました。

ヨーロッパではネアンデルタール人が最後まで生き延びていた場所ですが、そこに入ってきたホモサピエンスもすんなり繁栄を続けられたわけではないようです。

最初は狩猟採集民が入ってきたのでしょうが、その後中東から農耕民が移住して圧倒したようです。

 

インドは最も古いホモサピエンスの居住地でもあったのですが、その後の文明の展開でカースト制という厳しい身分制限をしたために、かえって人種の変化がよく固定されるということになりました。

通婚が制限されたために各カーストで遺伝子の変化が固定されるということになり、日本などのように混血が進むということもなかったのです。

 

DNA解析ということが発達し色々な情報を得ることができるようになったというのが本書を新版として発行した動機でもあります。

その進歩の程度というのが華々しいとでも言わなければならないようなものです。

かつては遺伝子解析でもミトコンドリアしか扱えないという状況でした。

これはミトコンドリアが細胞内で多数含まれており解析しやすかったということから来ています。

ただしミトコンドリア遺伝子は母系でしか遺伝しないものであり、人間の行動に影響されるものでした。

それがこのところ急激に発達した遺伝子技術により、全ゲノムの解析といったことまでできるようになり、そこから得られる情報はそれまでの常識を完全に覆すものとなることが頻繁に起きています。

 

以前は縄文時代の人々は遺伝的に均一なものとなっており、そこに大陸からやってきた弥生人たちが勢力を広げるという二重構造説というものが学界の定説となりかけていました。

しかしその縄文人の一様な遺伝子というものが実際には無かったということが徐々に明らかになっています。

そこには最近急速に進歩している化石人骨からのDNA情報の解析という研究が大きく影響しています。

日本は酸性土壌の国であり、土中に埋められた人体では骨まであっという間に溶解してしまいます。

しかし東日本に多い貝塚に紛れ込んだ人骨、そして西日本に多い甕棺に埋葬された人骨はそのような変化を免れており、十分にDNA解析を行えるほどのサンプルが確保できるようです。

もちろんそこには微量のDNAで解析を可能としたような分析技術の進歩も不可欠のものでした。

 

そういった知見を合わせて推論してみると、縄文時代というのは各地でばらばらに生存していた人々がそれほど移動せずに各地で生き延びていたようです。

そこに大陸から水稲栽培をもって移動してきた人々が入り込みます。

その過程は以前のように暴力的なものではなく、当時北九州に暮らしていた狩猟採取民たちと通婚を繰り返しながら広がっていったようです。

その後、北九州を基点に全国に広がったのですが、そのために西日本の縄文人の特徴的な遺伝子が全国に広まりました。

ただしやはり拡大の要素としての渡来系の人々の存在も大きく、その遺伝子の後世への拡大も紛れもなく起きています。

 

しかしこのような分析の研究は今でも精力的に行われており、また稀に発見される古代人の人骨を分析するということも行われ、そこから新たな知見が得られて定説が覆るということも十分にあり得るもののようです。

 

現在でも非常に集中して研究が行われている分野の最先端に近い状況の説明であり、非常に興味深いものでした。

また新たな発見でこの本に書いてあることも一挙に覆ることもあるかもしれませんが、それでもその時々に書かれている解説というものは貴重なものでしょう。