著者の芳沢さんは若い頃は数学の中でも群論の研究者だったということですが、その後数学・算数教育についての仕事を主にしてきています。
そういった著者からみればただ教える内容を削るだけだったような「ゆとり教育」などは最低限理解すべき数学の初歩すら教えることを放棄するようなものであり、到底認められないとして長く批判を続けていました。
この本ではそういった自身の活動の足跡をたどり、さらに日本の数学教育さらに大学の現状や大学入試の問題などを取り上げています。
数学教育の見直しを訴える活動は、日本全国に足を延ばしての講演活動と児童生徒に対しての出前授業というものを行ないました。
講演は主に現場の学校教員に対して行うもので、教員研修会として開かれていたものや、ごく少ない人数を相手に開いたものまで入れるとこれまでに全国200か所以上で行なったそうです。
数学指導上の留意点を述べるつもりで出かけてもけって現場の先生たちに励まされることも多かったそうです。
出前授業というのは上は大学生から下は幼稚園まで、数学・算数の面白さを伝える話をしたいというもので、半分以上は手弁当で話してくるというものでした。
著者は子供向けの算数の本も多数出版しており、その題材を使って算数を好きになってもらいたいという趣旨の話をしています。
聴衆の子どもたちの反応も、初めて算数を面白いと思ったなどと言う好意的なものが多かったようです。
ただし、最近は他の大学でも出前授業というものをやるようになっています。
ところがその内容はあくまでも学校の経営を考えての学生集めの説明会のようなものが多く、また受験産業が大学と受講者側の学校をおぜん立てするというビジネス化されたものが出てきており、最近は著者も大学の本務が忙しいことも合わせ、出前授業からは手を引いているそうです。
大学進学者が頭打ちとなるのに新規大学設置を進めたために、現在ではほとんどの大学で定員割れの状況となっています。
そのため私立大学文系などでは入試科目の減少で受験生を獲得しようという傾向となり、数学は外されることが多くなりました。
文系といっても経済学部では数学が分からなければ話になりません。
そのため入学した学生に数学を初歩から教えなおすということもあるようです。
しかしそれが高校程度どころか小学校の考え方も分かっていないものが多いようで、苦労も多いようです。
数学を入試で行なう場合でも今は共通テストを含めマークシートがほとんどです。
マークシートで選択する方式では多くの場合問題が理解できていなくても正解を選ぶ技があります。
受験産業ではそれを教え込むということもあり、数学が記憶科目と化しています。
「16÷4÷2」という問題を中学生に出すと、2‐3割は「8」と間違えるということがあったそうです。
もちろん、割り算や掛け算は左から順にしていくもので、その通りにやっていけば答えは「2」となるはずです。
しかしあまりにも間違いが多いということで小学校の教科書をチェックしたところ、小学4年の教科書の「計算の規則」で、
1,普通は左から順に計算する。2,カッコのある式はカッコの中を先に計算する。3,×や÷は、+や−より先に計算する。という3つの原則のうち、1の項目を書いていない教科書が一社あったそうです。
その教科書を使った学校の子どもがそれを間違えたかどうかは分からないようですが、大きな問題でしょう。
今はそれは直されているそうです。
出前授業では、生徒児童の状態に合わせていろいろな例え話を使っていました。
高校生に対するものでは、「トイチ金融」の話をしたそうです。
闇金といったものが社会問題となっていた当時で、高校生でも闇金といえばあるイメージを持っていたそうです。
しかし、「複利」の怖ろしさというものは知りませんでした。
そこで、トイチ、すなわち10日で1割の複利式の金融というものの説明をし、それがどれほど大きな金額になるかを示したそうです。
実は対数というものはこのような複利を示すには好適な方法なのですが、今の数学教育では軽視され外されてしまいました。
実際に社会で必要なものすら削減してしまうのが数学のゆとり教育だったようです。
ゆとり教育からの転換などと言うことが言われましたが、どうもそれも変な方向に行っているようです。
著者の苦労も消えないのでしょう。