佐巻さんは一般向けの自然科学紹介の本を多数書かれており、私もそういった本は何冊も読んできました。
しかし佐巻さんの経歴を見ると、中学高校の理科教諭として教壇に立った後、大学に移って学校での理科教育についての研究をするというもので、やはり特に学校の理科教育というところが一番の専門であろうと思います。
その点、本書は戦後すぐからの理科教科書の変遷をたどりそれがどのようなものであったのかということを論じており、やはりこれが著者が一番言いたかったことなのだろうと想像します。
だからこそ、教科書変遷の事実を書くに止まらず、現状の理科教育の問題点といったところにも話が及んでいます。
戦後の学校理科教育というものは、ほぼ10年ごとに大きくその性質を変えてきました。
それを分かりやすく名付け、それを本書中では使用しています。
1950年代 生活単元学習の時代
1960年代 系統学習の時代
1970年代 現代化の時代
1980年代 学習内容精選開始時代
1990年代 個性化・多様化さらなる精選の時代
2000年代 厳選とゆとり教育の時代
2010年代 理数教育充実の時代
この中で有名なのはやはり「ゆとり教育」でしょうが、それ以外の時期にもはっきりと示されるような特徴が存在したようです。
その特徴はとても一口でまとめられるようなものではありませんが、無理を承知でざっと書いてみます。
生活単元学習の時代には学力低下が大きな課題となったため、何でも入れ込んで内容が雑多となりすぎた。
そこで内容を系統的に整理して系統学習の時代へ。
さらに内容が精選されて現代化の時代。
その70年代の受験戦争、詰め込み教育、校内暴力などが問題化し、広義の「ゆとり教育」が開始されたのが学習内容精選開始時代。
個性化・・・の時代では小学1.2年の理科が社会科と統合されて生活科に。中学でも選択理科、高校でも選択科目が増加。
厳選とゆとりの時代というのが、狭義の「ゆとり教育」時代。内容をさらに減らす厳選化が行われた。
そのゆとり教育のマイナス面が厳しく批判されたため理数教育充実の時代へと転換。
なお、それぞれのスタート時期には小学校と中学校で1年の違いがあり、たとえば系統学習の時代は小学校では1961年から、中学校では1962年から始まります。
私はだいたいこの時代に入るようです。
この系統学習の時代が高校での理科教育はピークとも言える時代だそうで、高校普通科では物理・化学・生物・地学すべてが必修でした。
本書では理科と言ってもその内容は多くのものを含んでおり、それぞれについて詳述されています。
現代社会では金属の利用が高度に発達しており、それについても初期の生活単元学習の時代から系統学習の時代まででは金属の性質や錆についてなど詳しく扱われていました。
金属の硬さ、重さ、酸やアルカリで溶けるかどうか、鋼鉄の焼き入れなどについての記述があります。
しかし現代化の時代以降、金属の扱いはどんどんと軽くなり錆の学習も消えてしまいました。
佐巻さんは大学で理科教育の研究をしていたころ、中学理科教科書の編集委員・執筆者として教科書の製作に関わりました。
一応できあがった教科書が文科省の教科書検定を受けたのですが、それには心底驚いたということです。
当時はゆとり教育が進展し学習内容がどんどんと削減され、これでは理科がつまらなく感じるだろうと学習指導要領を越えた範囲の内容を少しでも入れようとしたら、そこはすべて削除意見が付けられたそうです。
これでは理科教育は衰退するばかりと感じ、佐巻さんは全国の理科教諭や関係者に呼びかけて自主的に理想に近づけた理科教科書を作ろうという運動を始めました。
一年かけてようやく「新しい科学の教科書」(文一総合出版)という本を形にしたところ、数校の私立学校では副教本として採用されたそうです。
最終章では自然科学というものの素晴らしさを子どもたちに伝える理科教育というものの大切さを強調しています。
やはりここが一番言いたかったことなのでしょう。
ここが全く上手く行っていないために、ニセ科学などにまんまと騙される人が後を絶ちません。
その例として「水への伝言」と「EM菌」を取り上げていますが、これらは学校関係者でも信じ込んで子どもに教えてしまうということにもなっていました。
科学立国と言いながら理科教育がおろそかになっているとは何事か。
それを憂える気持ちが伝わる内容でした。