犯罪捜査に科学を用いる科学捜査というものは興味深いものです。
それは多くの人にとっても同様かもしれず、某民放テレビ局のテレビドラマではそれを扱ったものが人気となっています。
しかし科学捜査というものは昔からあったわけも無く、徐々に科学的手法を取り入れながら作られてきました。
この本はそのごく初期の頃から携わってきた須藤武雄さんと言う方がその思い出をあれこれと辿っています。
須藤さんは医学出身ではなく群馬県立蚕糸学校というところを出て、戦後に内務省に入り昭和23年(1948年)に科学捜査研究所という組織が立ち上がった当初からそこに勤務、その後その組織が警察庁科学警察研究所と改称してからもずっと勤務し警察の科学捜査の基礎を築いてきたということです。
専門は毛髪鑑定ということですが、それに限らず様々な方面のエピソードを綴っています。
今の科捜研のように、高度な分析機器を駆使するというものとはかなり異なり、一つ一つの操作も手で行なう実験といったものだったようで、その苦心もしのばれるものですが、そのような努力を重ねて現在に至ったということでしょう。
指紋、血液型、毛髪、復顔法、法歯学、声紋と、様々な方面で法医学的手法が徐々に進歩していったことが分かります。
また、「私の事件メモ」という章では実際に担当してきた事件の例が細かく記されており、興味深いものですが犯罪というものは昔も今もあちこちにはびこっているということに今さらながら気づかされます。
なお、今は上記のテレビドラマなどの知識もあり、一般にも広まっているのでしょうが、まだ当時はそういったこともあまり知られておらず、犯人もなぜそれが証拠となるのかも分からなかったものが、よく説明してようやく理解させ自白させたということも多かったようです。
著者の意図とは違う点で、その「事件メモ」に描かれた事例に出てくる人物に時代の差を感じました。
昭和20年代あたりではまだ「結婚適齢期」というものがありしかも女性の場合は20歳そこそこの人が多かったようです。
現在であれば「結婚を控えた」人の年齢としては若すぎるように感じますが、あっという間に時代の感覚が違ってきたということでしょう。
なお、著者の須藤さんは現場一筋だったようですが、当時の指導者として古畑種基氏の薫陶を受けたと書かれています。
古畑氏は戦前からの法医学の権威ですが、その著書を読んだことがあるもののその姿勢は高圧的なものを感じました。
それに比べるとさすがにこの須藤さんは現場の雰囲気も感じさせ、人格的にも高いものと思わせます。
文章から人柄が見えるというものでしょう。