爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「延びすぎた寿命 健康の歴史と未来」ジャン=ダヴィド・ゼトゥン著

人間の平均寿命は男性80歳、女性88歳くらいとなっています。

少し昔まではさほど長くはなく、このところどんどんと延びてきたという印象を誰もが持っているでしょう。

しかし、このところその延びる勢いが少し少なくなっているのでは。

 

そのような「健康」について、歴史と現在、そして未来のことをフランスの内科医で様々な方面で活躍している著者が語ります。

 

なお、本書前半はこれまでの健康の歴史、どうやって病気を防ぎ、治療し、寿命を延ばしてきたかということを語りますが、著者の最も言いたいことはやはり後半の「現在と未来」でしょう。

それは決して明るいものではないようです。

 

およそ270年前、人類の平均寿命は現在の3分の1ほどでした。

とはいえ、もちろん人間の多くが30歳前後で死んでしまうのではなく、乳幼児の死亡率が非常に高く、さらに若年者でも急死することがある一方、中には長生きする人もおりそういった人々は70歳、80歳までも生きることもありました。

 

しかし、そこから多くの努力が払われました。

産業革命により都市に集まった人々の集中により汚染された環境はとてつもなくひどいものでしたが、それも徐々に改善されました。

また医療の改革も徐々に進みました。

抗生物質をはじめとする薬剤も開発され、死亡する病気が治るようになりました。

また食料供給の改善で人々の栄養状態が急激に向上したことも大きな要因でした。

 

しかしそれらが広く行き渡った頃になりかえって増大した脅威が寿命の延びを押さえ込んでいます。

ガンの増加は寿命が延びたことの結果として避けられないものでした。

一部の若年者にも発生するガン以外は多くは中高年になってから発症するものであり、昔はそこまで生きることが少なかったものが現れるようになりました。

 

生活習慣病と言われる、人々の行動によって起こる病気は治療法を懸命に開発しているもののなかなか成功せずどんどんと広がっています。

欧米では多くの人が肥満となり様々な病気の原因となっていますが、それを止めることはできていません。

タバコによる肺ガンも原因と結果も分かり切っているのにとどめることはできません。

どこの国でも喫煙の健康被害を強調し喫煙を減らそうとしていますが成功していません。

ただし、どこでも「喫煙の需要」を止めようと努力をしていますが、「喫煙の供給」を止めようという努力はほどんどされていません。

税収の問題や経済の活力を考えてのことでしょうが、タバコ製造会社に別の業界に移るようにした方がよほど効果がありそうです。

 

これまで伸び続けていた平均寿命ですが、先進国でもその延びが小さくなっているばかりか、国によっては減り始めているところもあります。

アメリカでは人種と年齢層により死亡率の差が出ており、「非ヒスパニックの白人中年男性」の死亡率が上昇しておりそれが平均寿命の短縮につながっています。

その死亡原因を分析したところ、アルコール・鎮痛剤オピオイド・自殺による死者が増加しているようです。

いずれも病気が原因ではなく「自滅的行動」と見られます。

その同じ時期に黒人やヒスパニック系は中年男性でも死亡率が上がっていません。

これは皮肉な話ですが、「もともと何も持っていない」人達は多少状況が厳しくなってもこれまでと一緒だが、「もとは持っていた」人はそれを無くすと大きな苦痛を味わうからだということです。

 

もう一つ、先進国ではイギリスの平均寿命低下が明らかです。

ただし、アメリカと違い人種による差はなく年齢層では乳幼児と高齢者の死亡率増加が顕著でした。

イギリスでは保険システムの劣化と財政難で社会的保護の弱さが指摘されています。

こういった社会の歪みが弱者の死亡率増加に影響しているようです。

 

未来に何が健康に影響するか。

他にも悪影響を与えそうなものとして、気候変動、新規の感染症(新型コロナにも言及されています)、経済の悪化なども考えられます。

しかし健康を増進しようとするならやるべきことは見えています。

汚染を抑制すること、エネルギーを転換し化石燃料を減らすこと、肉の消費を減らすこと等々です。

どれもできそうもありませんが。

 

病気と細菌の関係を明らかにしていった頃にコッホとパストゥールはどちらも多くの業績をあげました。

しかしその二人の直接の関係というのはあまり良いものでは無かったようです。

最初は双方とも尊敬し合い敬愛の情を抱いているように見えましたが、しだいに相互の業績について過剰な批判をしあうようになったとか。

 

20世紀以降、健康を守るために使われる金額が増大しているのはどこの国でも同様です。

GDPの10%が健康のために使われているという計算もあります。

そして経済格差が直接健康格差として現れるという事態にもなってきました。

これらの経済リスクというものは、人間がその行動から起こす行動リスク、環境を破壊することから起こる環境リスクとともに、人間の健康に対して大きなリスクとなるものですが、これの解消のための方向は明確ではありません。

 

行動リスクとしては4つの大きなものがあります。

タバコ、アルコール、運動不足、肥満です。

これらのリスクによる死亡率上昇は途上国でより顕著になっています。

現代では途上国は感染症によるものよりこのような行動リスクによる死亡が問題となっています。

しかしそれ以外の原因による慢性疾患の影響も大きなものです。

それは、主に精神疾患と行動障害です。

また直接に死亡するような重症とはならなくとも、腰痛や関節症などの患者も増え続けており健康全体から見ると無視できないほどの影響を与えています。

アメリカの医療費の第3位は腰痛に使われているということです。

 

感染症をはじめとして医療の進歩や環境改善、食生活改善などで延びてきた寿命ですが、新たな脅威のために延びが止まり徐々に縮み始めているようです。