閣僚が相次いで更迭され、内閣支持率も低迷したままと言う事態になっていますが、これでも首相辞任という話も出ず、衆院解散総選挙ということにもなりません。
よほど野党には政権担当能力が無く、いくらひどい状況であっても自公政権は変えられないということになっているようです。
一か月ちょっと前になりますが、「野党はなぜ政権担当能力が無いと言われるのか」と題してブログを書きました。
そこでの一応の結論は、
1.現在の政治経済体制、すなわち代議制民主主義と資本主義体制を変えようという政党はない。
2.その状況では、野党が自公政権を批判しそれに有権者が賛同して選挙で政権を取ったとしても「ちょっと清潔な自民党政治」以外を行なう能力はない。
ということは明らかであり、その程度の変革しかできないのであれば、あの民主党政権のような混乱を招くような事態をあえて選択する必要は全く無いというのが多くの有権者の認識でしょう。
それがこのような閉塞感しかもたらさない政治状況となっていると言えます。
本当に取り得る道はそれしかないのか。
実は上記1の既定条件には一つ抜けているものがあります。
それは、現代文明が「エネルギー依存文明」であるということです。
科学技術の成果と言うべき現代文明を支えるものはすべて「エネルギー依存」であり、しかもそのほとんどは現状では化石燃料エネルギーにどっぷりと浸かっています。
これは、民主主義・資本主義を抜け出そうとしても付いて回るものであり、共産主義や独裁国家であっても同様です。
そして、エネルギー依存文明というものは「資本主義と非常に親和性が高い」ということが言えます。
エネルギーをふんだんに使う科学技術というものは効率を高めれば高めるほど効果的に作用し、結果的には競争に打ち勝つことになります。
同じエネルギー依存文明に依拠したまま政治体制だけ共産主義に代えたソ連などが結果的に資本主義に敗北したのはそのためです。
結局はエネルギーに依存し続ける以上は資本主義体制を続けることが最も強力となる選択になるわけです。
しかしここで大きな問題となるのが、「いつまでもエネルギー大量消費を続けられない」ということです。
これは二酸化炭素排出を防ぐという意味でも構いませんが、本質的には「化石燃料の枯渇」によるエネルギー依存文明の崩壊を防ぐために徐々に進めていくべきものです。
そして、その方向に進む時には現在の資本主義体制を墨守し続ける意味も薄れてくることになります。
エネルギー依存文明というものは、便利で快適なものです。
しかしそこからの脱却はいずれ避けられないものになります。
いわば「エネルギーの呪縛」というものから逃れなければ大きな破局に直面することになります。
この「エネルギーに呪縛された体制」とは、そのまま現在の自民党政権と経済界が依拠している資本主義体制に他なりません。
そこから抜け出す道を示す、それこそが次代の社会を作り出すこととなり、新たな政党が目指す方向と言えます。
そして、それこそが真に「政権担当能力のある政党」となるでしょう。