爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「『木』から辿る人類史」ローランド・エノス著

人類史を見ていくと、石器や青銅器、鉄器といったものが重要視されています。

しかし本書著者のエノス氏によれば人類の歴史において本当に重要だったのは「木」だということです。

ところが「木」というものは歴史史料としてはほとんど発掘されることも無く、そのためあまり着目されてこなかったとか。

これは木の遺物はすぐに分解してしまうためですが、単に残りやすいから残っている石器などよりははるかに人類の進化や文明の発展に寄与してきたようです。

 

槍の先端や矢の矢じりに石器が使われていることから人類の作った道具として画期的なものと見られがちですが、実際には石の先端が無い槍や弓の方がそれ以前から存在していたはずです。

そのような木製の道具を数十万年にもわたって使い続け、より効果的な道具とするために最後の段階で石づくりのものを取り付けたに過ぎないのです。

つまり、人類進化のための道具の使用のほとんどの時代は木製のものだったということです。

 

他にも木というものは人類進化にとって大きな役割を果たしました。

火を使うというのが動物と人類を隔てる大きな行動ですが、これも木が無ければ安定的に火を燃やすことはできません。

最初の着火は落雷などで起きた山火事だったのでしょうが、燃えている炎を採取するには木が必要だったでしょう。

それで手にした松明は人類を大きく進化させました。

また体毛を失った人類は寒さというものに極端に弱くなりました。

それを緩和するために毛皮を身に着けるということもしたのでしょうが、一番効果的だったのが「家」を作る事でした。

そして、それも木を組み合わせて作り上げていったのです。

 

文明を築き上げた人類も木の恩恵を受け続けました。

移動する手段としての船は金属製のものができた近世になるまでほぼすべての時代で木製でした。

北欧の古代の舟は動物の皮を張ったものもあったのですが、それでも枠には木を使わなければ形が作れませんでした。

また、特にユーラシアで大きく進歩した車も車輪は木製でした。

それもマンガの世界では木をそのまま円盤状にした車輪も出てきますが、実際には木の棒を組み合わせて円形にしたものが使われました。

 

建築物も長く残っているのは石造のものが多いため当時の真実の姿が失われていますが、多くの建造物は木造でした。

イギリスのストーンヘンジもその最初のものは木製であったという遺跡が残っています。

特に難しかったのが屋根を石づくりとすることで、壁は石造でも屋根は木造と言う例も多かったようです。

 

1600年以降、産業化が進むのですが、それでも木材の使用の重要性は増すばかりでした。

ようやく石炭を使い鉄を使う産業革命に至り建築や機械のための木材使用は減るのですが、今度は木材から作るパルプによる紙の大量使用が始まります。

 

現代では森林破壊が進んでしまいました。

これまでの文明でも建築などの利用や燃料としての使用で森林が破壊されたと言われていますが、実際には使用量より森林再生量の方がはるかに大きく、使用したために森林が消えたというわけではないようです。

しかし、耕地や牧場などとするために森林を切り開くといったことが多かったために文明の栄えた地域では森林が失われて行きました。

現代でも農耕地などとするために森林を切り開くといったことが広く行われています。

また、森林の構成も変わってきており、まず広葉樹林から多く切り開かれます。

その方が気候も良く土地の栄養状況も良いために耕地として使いやすいためです。

今は針葉樹林ばかりが残っていますが、これらの土地はほとんど使い道がありません。

 

破壊した森林を再生しようと植林が大規模に行われています。

しかし、どうしても使い道のある木材を植えたがるためか、植生が一様となってしまうことが多く、病虫害が発生しやすい状況になってしまいます。

そのような植林は害ばかりが目立つようです。

 

木を使う文化というものは古代ローマまでに大きく発展しました。

そしてその後は産業化が始まるまではほとんど進歩が見られなかったようです。

そこには木工というものが非常に多くの人手を必要とし、しかも熟練した技術が求められるためだったようです。

それだけの人数が揃わない中世ヨーロッパでは木工技術も発展は難しかったようです。

その証拠となるのでしょうか、イギリス人の名字の多くは木を使う職業から由来しています。

カーペンター(大工)、ジョイナー(指物師)、ライト(木工職人)、フレッチャー(矢を作る人)、クーパー(樽を作る人)などなどです。

 

この著者は木材の生産量は十分であり、その他の要因で木材使用に制限がかかったと自信たっぷりに記していますが、どうも信じがたい主張です。

やはり木材使用量の増加で森林の減少が起きたのでは。

イギリスや北欧、アメリカの状況だけを見ては違うこともあるように感じます。