爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ダムと緑のダム」虫明功臣、太田猛彦監修

山に樹木を植えることで「森のダム」を作ると言ったことが言われます。

それで豪雨の際も山に水を貯え、下流の増水の被害が軽減されるといった印象があります。

しかし一方では最近の豪雨災害では、山の樹木が土砂崩れと共に流されて流木となり、洪水の被害を増しているようにも見えます。

本当のところはどうなのでしょうか。

土木工学や森林科学の専門家たちがその辺の事情を解説しています。

 

2017年の九州北部豪雨、2018年の西日本豪雨など、最近はこれまでにない大量の降雨により大規模な水害が起きています。

そこでは大量の土砂の流出とともにそこに生えていた樹木も一緒に流れ落ち流木となって下流の洪水被害をさらに拡大しています。

 

山に樹木が無く禿山の状態では降雨を貯める機能は減少し土砂崩れや急激な洪水につながるとして、植林をすすめ「緑のダム」とすることが推奨されました。

しかし、このような「緑のダム」は実際には大洪水の際にはピーク流量の軽減をする効果は少ないようです。

さらに、渇水期に徐々に水を流しだすような貯水ダムの効果もほとんど期待できません。

山に植林をするということは、「貯水」「治水」のダムの代わりをすることはできないのでしょうか。

 

日本学術会議が2011年に森林の多面的な機能についての見解を示しました。

そこでも森林は中小の洪水に対しては洪水緩和機能を発揮しますが、大洪水には顕著な効果は期待できないとしています。

ただし、治水・利水計画というものはあくまでも森林が存在することを前提にしており、森林が無いような状態はさらにその計画を困難にするということです。

 

日本の「森林」についての歴史的な変遷について、本書監修者の一人でもある太田さんが森林学の立場から記している文章はなかなか参考になるものでした。

温帯でも特異的に海と大陸の効果で大量の降雨を期待できる条件である日本列島は世界でも珍しいほど多様で豊かな森林を持っています。

このような「世界で唯一」とも言える豊かな森の中で縄文人は暮らしていました。

そこでは農耕をする必要もないほどに大量のクリやドングリが得られました。

しかし徐々に人口が増えるとともに住居の周辺には農作物を植えるために樹木を伐採していきました。

さらに弥生時代以降には稲作によりさらに樹木を伐採して田とするとともに燃料とするために樹木の伐採が進みます。

これは飛鳥・奈良時代と進むとともにさらに激化していき畿内を中心にどんどんと森林が減少していきます。

戦国時代から江戸時代になると水田の開発が全国的に進み森林資源はどんどんと浸食されていきます。

各地で禿山が広がるとともに里山と称する入会地での資源の奪い合いが激化します。

このような禿山には木材として有効なスギやヒノキを植える人工林を作る動きが加速します。

明治維新以降は森林・林業政策にも大きな混乱を引き起こし、曲がりなりにも保護の動きがあった江戸時代の政策が否定され森林乱伐が進みさらに森林の荒廃が進み土砂災害や水害が多発するようになります。

第二次世界大戦後にようやく森林再生の政策が取られるようになるのですが、それが生えそろう頃になると海外からの木材輸入が進み国内の森林は放置されるようになりました。

現在の山林はこれまでにないほどに樹木量が蓄積されるようになっています。

 

ダムというものも実は古代から作られていたものですが、国際大ダム会議という組織が編纂しているダムに関する統計というものがあり、それによれば大ダム(高さ15m以上等の条件あり)に限ってみれば、1818年以前に世界にあった632のダムのうち514基は日本にあったそうです。

日本は水が豊富だとは言え、それは降雨してすぐに海に流れてしまうものであり、それを水稲栽培などに使うためにはため池を作り貯めておかなければならないため、古い時代から盛んにダムが作られていました。

このように以前は世界的にも農業目的の利水用ダムが主流だったのです。

しかし19世紀末以降は水道用や工業用水用として世界各国でダム建設が進み、さらに発電用ダムも20世紀前半に建設のピークを迎えます。

ところが第2次大戦後には洪水防止用の治水目的ダムが世界各国とくにアメリカで集中的に建設されるようになります。

ダム大国というものも、かつての日本からアメリカへ、そして現在では中国やインドなどへと移っていきました。

 

上述のように、ダムの建設と山地での森林造成というものはどちらかだけでは治水効果は上がりません。

やはりこれの両立が必要なようで、特に異常豪雨の多発する時代には不可欠だということです。

どちらだけでも上手く行かず、流域マネジメントという考え方で上流から下流までを制御すると言うことが必要だということです。