爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「モンゴルの残光」豊田有恒著

現在の講談社文庫は1999年が初版発行ということですが、それに収められているハヤカワ文庫版出版の際に書かれた著者あとがきが昭和48年、そしてこの作品を著者が最初の長編小説として書いたのがその6年前と言うことですので、昭和42年でしょうか。

かなり早い時期のSF作品ということになります。

 

内容はパラレルワールドと時間旅行を扱い、その変曲点での闘争を描くというもので、最初はモンゴル民族による世界征服が成し遂げられ、蒙古人などの黄人を頂点に黒人、白人と人種差別が大きい社会を描き、そこから抜け出して元帝国の伸長を成し遂げた武宗、仁宗に働きかけて歴史を変えようとしたシグルトを主人公に進められて行きます。

 

社会の最下層として虐げられていた白人のシグルトが、航時機(本作では刻駕と表わされています)に乗って逃れた元帝国で、黄人優先の社会を作り出した元凶と目される武宗、仁宗を殺そうとするものの、彼らに仕えていく内にその人間性に感動し、さらに初期の元朝では白人に対する人種差別もほとんど無いことで、朝廷の中でも皇帝側近として活躍し、・・・という内容となっています。

しかし、彼が皇帝に仕えたこと自体が歴史を変革し、今ある世界へと向かうという筋に進みます。

 

豊田さんが戦前の教育もギリギリ受けた世代であるということもあり、また戦後のアメリカ駐留軍の横暴ということもあり、かなり人種間の軋轢を表に出した作品となっており、現実とは裏返しの黄人優先の人種差別というものを元通り?の白人絶対の体制に変えたのがシグルトだということで、それを知った彼は元朝終焉の時代に戻り元のために明と戦い壮絶な死を遂げるということになるのですが、そこには人種による差別というものの根深さ、そしてこの先まで続くであろうことまで予感させる書き方となっています。

 

時間旅行というもの自体、実在する可能性はほとんど無いのですが、もしもその歴史の結果である人物がその変曲点に戻り別のパラレルワールドへの進行をうながした場合は、その彼自体も存在しなくなるのではないかと思いますが、まあそれを言ったら話が続きませんので良いことにしましょう。

50年も前に書かれたとは思えないほどの作品であったと言えるでしょう。