爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「偏見や差別はなぜ起こる?」北村英哉、唐沢穰編著

「偏見や差別のない社会を目指す」といったフレーズは、あちこちで目にするものですが、なかなか無くなりそうもありません。

自分自身を振り返っても、「自分には偏見も差別意識もない」と言い切れる人はいないでしょう。

 

その「偏見と差別」の原因を探り、それを解消するために、社会心理学という立場から考えていこうというものが本書の目的です。

そのため、幅広い読者層を対象としており、一般教養として、心理学を学ぶ学生に、さらに偏見と差別に取り組む実践の立場から、さまざまな人々に読んでもらいたいという方針で多くの著者で分担して執筆しています。

 

第1部は、偏見と差別の仕組みというものを、心理学理論と研究成果から解明していきます。

偏見というものの根底にはステレオタイプというものがありますが、それが出来上がる過程、そして偏見ができていく中でそれを正当化しようとする心理も存在します。

さらに、偏見差別というものは政治やイデオロギーとも密接に結びつきがちですので、その状況も。

 

第2部では、さまざまな偏見と差別の実態を見ていきます。

人種・民族、移民、障害者、ジェンダーセクシュアリティ、リスク・原発、高齢者、犯罪者やその関係者などに対しての偏見・差別は社会にとって大きな問題となっています。

 

差別と言って一番に頭に浮かぶのはやはり「人種差別」でしょう。

人種だけでなく「民族」による差別も存在しますが、人種と民族とは何なのかということは難しい問題です。

典型的には、欧米社会での黒人やラテン系差別が「人種差別」なのでしょうが、西欧における「東欧出身者」差別は人種的には差異がなく、「民族差別」なのかもしれません。

日本における「被差別部落出身者差別」というものも、人種と民族は同一と見るのが当然でしょうが、国際機関である人種差別撤廃委員会は日本の被差別部落差別をも視野に入れているように、微妙な問題を含んでいます。

 

かつてのアメリカや南アフリカに見られた、「黒人を差別する体制」といった分かりやすい差別は徐々に消えていきましたが、現在では形を変えた「新しいレイシズム」というものが現れています。

昔の「古典的レイシズム」では、「黒人は生まれつき劣っている」といった露骨な偏見が見られましたが、現代的レイシズムは形を変え生き残っています。

そこでは、1、差別はすでに存在しない。2、したがって現在低い地位に留まっている黒人は差別によるのではなく本人たちの努力不足である。3,それにも関わらず黒人たちはありもしない差別に抗議を続けている。4,その結果手厚い社会保障など不当な特権を得ている。

といった論拠で黒人たちを非難します。

このような、現代的レイシズムは、黒人を相手にするだけでなく女性差別や同性愛者差別といった方向にも向いており、また日本における在日朝鮮・韓国人差別にも同様な仕組みが見られます。

なお、こういった差別の心理学的研究はほとんどがアメリカにおけるものであり、日本にも上記のような状況があるにも関わらず研究者はほとんど居ないようです。

 

「障害者に対する差別」というのは衝撃的な内容です。

障害者というのは、健常者から見ればかなり分かりやすい存在です。

また社会的な行動に関しても明らかに健常者とは違うと見られます。

彼らを「差別」するというのは、一見仕方のないことのようにも感じられます。

しかし、障害というものは明らかなように見えても実は心理的な現象であり、他者や社会との関係で変化していく流動的な観念だということを忘れてはいけないようです。

 

原発事故避難者に対する偏見、差別というものも大きな問題でした。

この差別する心理というものは、伝統的に「罹患者に対する警戒」から発生しています。

今でも感染症の流行というものは大きな脅威ですが、かつては感染症は今よりもはるかに影響が大きく、場合によっては社会そのものが崩壊しかねないものでした。

そのため、得体のしれない病気の患者らしい人を見ると排除しようという心理が働きました。

原発事故の放射能というものは、感染したり拡散したりするものではないということは、科学的な知識があれば分かることですが、それを持たない人にとっては病原菌同様に警戒せざるを得ないものだったのかもしれません。

それで避難者を差別したり排除しようとした人々を擁護するものではありませんが、その心理を知って対処する必要があるようです。

 

偏見や差別はなぜ起こる?: 心理メカニズムの解明と現象の分析

偏見や差別はなぜ起こる?: 心理メカニズムの解明と現象の分析

 

 偏見や差別といったものが、自分たちの仲間の社会を守ろうとする思いから発生するということはあるのでしょうが、それが誤解や知識の欠如による場合はやはり是正すべきものでしょう。

原発事故から避難した人々が避難先で差別されたりイジメにあったというニュースを見た時は、心の底から怒りが湧き、このような連中が日本人であるならば、自分はもう日本人であるとは思いたくないと感じました。

偏見や差別、自分自身でもそれから完全に逃れることはできないと思いますが、できるだけ自省し見直していかなければならないのでしょう。