爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「21世紀日本の格差」橘木俊詔著

21世紀の資本」という本が世界的にヒットしたピケティは大きな焦点となりました。

格差というものが改めて話題となったのですが、さらに格差についての動きが出ています。

それが2015年のノーベル経済学賞にアンガス・ディートンが選ばれたことであり、彼は消費経済学の業績も大きいものの主なものは発展途上国の貧困や健康の問題であり、それが経済学上の重要課題となったことを示していました。

さらに同じ年にアンソニーアトキンソンが「21世紀の不平等」を出版しました。

アトキンソンは先進国における格差・不平等を主に論じていました。

このように世界的に貧困や格差というものが多くの注目を集めるようになってきたという中で、日本の格差研究では大きな業績を上げている著者が改めてそれをまとめて見ようというものです。

 

ピケティの「21世紀の資本」は大きな衝撃をもたらしました。

格差というものが拡大しているということを示しているのですが、ピケティはあくまでも「富裕層への富の集中」を主な対象とした議論を展開しており、貧困層についてはほとんど取り上げていません。

ディートンは貧困を主に対象としていますが、彼の興味は発展途上国に向けられていて、そこでの健康格差といったものは注目すべきものですが、日本の立場からは少し遠いものとなっています。

アトキンソンはイギリスを中心とした欧米各国での格差の拡大を貧困層から見ています。

この3人の主張に対し、日本の貧困と格差拡大をこれまでも見てきた著者はその現実を書いていきます。

 

第2章「日本の格差の現実」第3章「富裕層への高課税は可能か」第4章「格差解消と経済成長はトレードオフか」第5章「高齢者の貧困の実相」という内容で書き進められています。

 

ただし、取り扱う対象があまりにも広いためか、それぞれの描写はさほど細かくはなっていないようです。

それは、その一つ一つを精細に描写する他の書籍に譲った方がよさそうです。

 

正規雇用者の待遇の悪さについては多くの指摘がされていますが、本書ではオランダの例が紹介されています。

オランダではすでに1980年代からパートや派遣労働者の低賃金が問題となっていました。

そこで1989年に成立したのが「フレキシビリティー&セキュリティー法」でした。

これは企業にいつでも労働者を解雇できる柔軟性(フレキシビリティー)を認める代わりに、派遣労働者パート労働者に十分な社会保障(セキュリティー)を義務付けるというものでした。

具体的には同一労働には同一賃金、安定した社会保障職業訓練を提供することを義務付けるものです。

このような施策により各自がライフスタイルにより非正規雇用を選択することも可能となり、ワークシェアも進んで失業率が低下したということです。

 

富裕層への高課税という論点は興味深いものです。

日本でもかつては所得税累進課税が大きく、それがどんどんと緩和されていきました。

これは日本だけではなくアメリカでもかつては非常に高い税率で高所得者から税金を取っていたのが急激に低下させていきました。

これを逆方向に進めようとしても富裕層からは激しい抵抗が起こります。

そこには富裕層ならではの感覚も影響しているようです。

まあ、私にはあまり想像もできないのですが。

 

ビケティの議論では富裕層からの税徴収という方向に強く向いていましたが、実際には格差解消には富裕層をどうするかよりも貧困層の所得を上げることが第一のようです。

著者はこれを主張していますが、それに対しそのような施策を行えば経済成長率を下げると感じる人も多いということです。

しかし、実際には格差解消と経済成長は両立できないものではなく、どちらも得られる方策があるということです。

「成長と分配」がどちらも可能であるということなのですが。

 

格差というものを見ていくのはどちらからかということはよく考えなければならないことなのでしょう。