爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「図説 スイスの歴史」踊共二著

スイスの歴史と言ってもあまり印象が無いのですがウィリアム・テル、スイス人傭兵、永世中立国といったところでしょうか。

また、機械工業が盛んとか言語も複雑と言った話は聞きますが。

 

そういったスイスの歴史について、ローマ時代から現代までを多くの図版とともに説明していますので、かなり分かりやすいものとなっています。

 

ヨーロッパの中央でアルプス山脈の麓に位置するスイスは地理や気候条件は非常に厳しいところですが、ヨーロッパを南北、東西に移動しようとするとこの付近を通ることとなる交通の要衝でもありました。

そんな中で、一民族の共通性ということでまとまるのではなく、政治的・経済的な必要性によって多様な人々が意思的に国家を形成していったという歴史から、「意思の国民」とも言われるということです。

 

周囲から別々の部族の人々が集まってきたために、ラテン化、ゲルマン化がそれぞれ進み、さらにロマンス語の中でもフランス語、イタリア語、ロマンシュ語に別れたために、それぞれの言葉を話す人々がスイス国内に分かれて共立することになりました。

そのために、現在でもその4言語をすべて国語として認定しています。

 

スイスの中央部が新しい国家として形成されてきたのは13世紀ですが、そこでは他のヨーロッパ各地とは異なり山岳地帯であるために大貴族の支配が及ばなかったという好条件がありました。

チューリッヒ、ベルンなどの都市も自立しだしましたが、それとともに山岳部の農民も共同体を作っていきました。

また交通の要衝であることから周辺の王国などからも特別の待遇を受けることができ、神聖ローマ帝国から自由を約束されるという特権的な許可を受けることができました。

最初に特許状を受けたのが原初三邦と呼ばれるウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴェルデンですが、他の地域も次々と加盟していき、スイス盟約者団というグループを結成していきます。

 

しかし産業の発達というものがなかなか進まないために、人々が稼業としたのが傭兵でした。

フランスのブルゴーニュでのスイス軍とブルゴーニュ軍の戦いでスイスが圧勝したためにヨーロッパ各国でスイス傭兵への争奪戦が起きることとなりました。

特にフランスとローマ教皇には多くの傭兵が雇われることとなり、スイスrの経済と社会だけでなく文化や風俗にも大きな影響が出ることになります。

 

16世紀にキリスト教改革の動きが強まり、ルターやカルヴィンがプロテスタントの活動を始めますが、スイスでもチューリッヒのフルドリヒ・ツヴィングリが宗教改革を進めました。

その主張はルターとは異なりましたが、都市部を中心に勢力を広げます。

しかしカトリックを守る地域もかなり残り、その間の闘争も起きますが、分裂までには至りませんでした。

 

フランスの革命はスイスにも大きな影響を与えることになります。

それに影響を受けた改革派が力を得たり、また他の国の影響の下にある勢力も反撃したりということを繰り返します。

しかし、1848年には連邦国家としての憲法を制定し、これが現代スイスまで受け継がれることになります。

その後、1874年と2000年に憲法改正が行われましたが、基本的には変更されていません。

 

第1次・第2次世界大戦時にはスイスは中立を表明し、軍隊は総動員をかけて国境警備にあたりました。

しかし、スイスにはもともと反ユダヤ的な人々が多かったため、ナチスドイツに同調しようという動きもあったようです。

現在でもEUには加盟せず中立を守るという意思は強いものですが、2002年には国連には加盟しています。

社会や経済の問題も他国と同様に増加しており、その対応には政治の改革も避けられないようです。

 

周辺のヨーロッパ諸国とは少し異なる歴史をたどってきたスイスですが、今の情勢は他国と同様に難しいものを抱えているようです。