私も子供の頃から鉄道好き、模型や列車の写真撮影などをやってきましたが、「廃線」にはまったく興味を感じませんでした。
しかし、それなりに見どころや深味があるようです。
廃線というものが全国に何か所あるかも知りませんが、本書では著者の梯さんが実際に歩いて訪れた(著者は車の運転ができないそうです)、ものの中から精選した50箇所を紹介しています。
とはいえ、限られたページですので、写真が1枚、地図が全体図1枚、詳細図1枚で、全4ページずつとなりますので、あまり詳しく説明されてはいません。
鉄道が廃止された跡の廃線というものは、ある特徴があります。
それは、トンネルと橋梁はかなり残っている可能性が強いということです。
レールは金目のものですからすぐに外しますし、駅の遺構もよほど残したいという人がいない限りは失われやすいのですが、トンネルと橋梁、特に橋桁は取り壊すのにも費用がかかり、残っているからと言ってそれほど邪魔にもならない位置にあることが多いので、廃線後長い時間が経ってもそのままということが良くあるようです。
取り上げられた50箇所は、名前だけは知っているというところもあまりないほどで、初耳ということが多かったのですが、よく知っている場所や関係があったところなど数箇所ありました。
千葉県の千葉市と津田沼市の周辺には、かつて陸軍の鉄道連隊というものが置かれ、その所在地に近かった現在の千葉公園には兵士の教育用に作られた演習用橋脚と演習用トンネル(といっても長さ数m)が残っているそうです。
実は私の亡父が戦争中に召集され所属したのが鉄道第2連隊でした。
もう若くはなかったので、終戦間際の追加召集だったようです。
当時の話もそれほど聞いたことはありませんが、もしも第1連隊だったら海外に派遣されて生きてはいられなかっただろうと語っていました。
姫路市営モノレールというものがあったようです。
現在、娘の一家が姫路に住んでいますので、何度か訪れていますが、このようなものがあったとは何も知りませんでした。
1966年、姫路博覧会というものが開かれた時に、姫路駅から会場の手柄山までの間のわずか1.6kmで運行したそうです。
しかし、元々ほとんど需要も無かったところなので、その後すぐに運行停止、わずか8年間の期間だけだったそうです。
ただし、現在でもモノレールの支柱や桁が撤去もされずにあちこちに残っているとか。
今度行った時には見てやろうと思いました。
上述したように、橋桁やトンネル跡というのは比較的残りやすいのですが、「築堤」というものが珍しく残っているのがJR宇部線の旧線だということです。
築堤というのは、線路を水平にするために低いところには土を盛って一見堤防かと見えるようなものに作られるものですが、廃線されてもそのまま残っているということは少ないようです。
宇部線の岩鼻駅から旧宇部新川駅までを結んでいた旧宇部線は、1952年に新線に付け替えられ廃止されたのですが、線路の跡はほとんどが道路に転用されているものの、厚東川沿いの一部にだけ築堤が残っているそうです。
築堤と川の風景が美しくいつまでも記憶に残るものだったとか。
梯さんは本職はノンフィクションライターとか。
さすがに上手い文章で、旅心をくすぐられるものでした。