爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬」山本一生著

戦争中に、海軍を舞台に詐欺事件があったということは聞いていましたが、その詳細は知りませんでした。

 

著者は東大の国史を卒業したものの、石油会社に就職した経歴を持つ山本さんです。

その後大学に戻り個人の伝記などの研究に携わったものの、かつての経験からこの「水からガソリン」詐欺事件については大いに興味を持ち、色々な資料を調査したそうです。

 

海軍側は当時次官の山本五十六、担当の大西瀧治郎大佐など、その他の関係者も含めほとんどの人がその後戦死したり、敗戦時に自殺したりということで、詳細を知る者が残っていなかたそうです。

しかし、ようやく大西大佐が事件直後に提出した報告書が見つかり、その他の資料と合わせようやく事件の全容がつかめたとか。

 

詐欺グループの中心人物は本多維富(ほんだこれとみ)、海軍詐欺事件以前にも数々の詐欺事件を起こしていました。

大正時代に「稲藁から真綿」という多くの人を巻き込んだ事件がありました。

稲藁を煮溶かし薬剤を加えるとその中から真綿(絹)が現れるというもので、「水ガソリン」と同じような構造の詐欺でした。

帝大教授をうまくだまして推薦者として取り込み、山形県酒田市周辺の人々に信じ込ませ金を出資させました。

この事件も本多の首謀したものです。

 

ちょうどその頃は、実際の科学界でもボーアやラザフォードの原子モデルが確立し、元素の変換が起きるということが知られるようになった時期であり、錬金術が現実となるということが、理論として認められることとなったのが、詐欺師たちにとっても好条件となりました。

 

結局は藁から真綿というのも手品の手法を使ったのですが、大学教授や国会議員といった名士を巻き込んでいたために、本多も逮捕されたものの裁判では無罪となります。

 

水ガソリン詐欺も、この藁真綿詐欺とほぼ同様の構造のものでした。

 

 

 

事件の伏線は、山本五十六の経歴から関係していますので、この本の記述もかなり若い頃から始まっています。

 

石油が戦争の行方を左右するようになったのは第1次世界大戦からでした。

それまではせいぜい石炭を燃料とする鉄道で人員資材を運搬する程度だったのが、戦争中に急激に発達した技術で、自動車輸送、飛行機の利用等、石油の使い方次第で戦力に大差が出るようになっていきます。

 

その当時には中佐であった山本五十六も、その戦争の後にはアメリカなどに留学し石油について詳しく勉強することになります。

そのように、石油の専門家でもあった山本五十六がなぜ詐欺師に騙されることになったのか、様々な事情が絡んできます。

 

ガソリンなどの内燃機関が発達するにつれ、「ノッキング」という現象も知られてくるようになりました。

ガソリンだけの場合、シリンダー内で異常燃焼が起き大きな振動が発生するのですが、それに対する対策が各国で急がれます。

アメリカでは早くから車社会となっていたため、アンチノック剤の開発も早く、1922年には4エチル鉛が最良という結果が出て、オクタン価100というものが完成します。

しかし、他の国は遅れを取り特に日本ではノッキング対策の必要性すら認識されないという状態が続きます。

日中戦争に入ろうという時期でも、アメリカの航空燃料オクタン価100に対し、日本ではせいぜい87であり、この差は空中戦での勝敗を左右するほどの影響を及ぼしました。

 

昭和12年、中国との緊張はついに全面開戦となり、華北、華中に戦線が拡大しました。

中国も多くの部隊を動員したために、日本も苦戦を強いられました。

しかし、日本も中国もその戦闘用の燃料はアメリカからの輸入に頼るという不思議な戦いだったと言えます。

それでもようやく日本側が優勢になるのですが、そこで講和しておけばまだアメリカとの開戦につながることはなかったと考えられます。

しかし、ずるずると講和の道を捨てて戦線拡大に進み、結局は第二次大戦となってしまいました。

 

石油をはじめ多くの軍需物資は輸入が途絶え、なんとか代用品を探すという必死の努力が始まります。

ガソリンの不足は戦闘そのものに関わるために、その代用品探索も急務となり、廃油、魚油、松根油はまだましなほうで、様々なものから抽出しようとされました。

その中に「水からガソリン」という話も入り込む隙ができました。

 

本多維富は多くの政財界人を巻き込みながら陸海軍の軍部に近づいていきます。

その手口は巧妙なもので、水に数種の薬品を加えていき、反応時間が長くかかると称して立会人の疲れを待ち、隙きを見て容器を入れ替えるというものでした。

生半可な科学知識を持つ人間の方が手品の手口に騙されやすく、百聞は一見にしかずを逆に悪用されてしまったようです。

 

いよいよ海軍の中枢部にも手を伸ばし、山本五十六海軍次官のところで実験をするというところまでたどり着いてしまいました。

海軍でも科学的知識を持つ人々はその実施を食い止めようとするものの、次官からの命令ということでやらざるを得なくなりました。

その一人の渡辺伊三郎中佐はインチキを暴く秘策を実施しました。

当時はまだ鮮明な写真を瞬時に撮るということが難しかったので、航空本部から製図工18人を動員し、使用した薬品の瓶を詳細にスケッチさせたのです。

そして、ガソリンができたと称したらその薬瓶をスケッチと照合したのですが、その瓶はそれまで使われていた瓶とは異なり、代わりに一つの瓶が行方不明になっていました。

これが動かぬ証拠となり、本多ら犯人グループは逮捕となりました。

 

このような「水ガソリン」詐欺事件でしたが、実は今でもこのような詐欺は消えていません。

実に2012年にもイギリスで海水からガソリンと謳った詐欺事件が発生したそうです。

なにやら、人の欲と業との奥深さを感じさせます。

 

水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬

水を石油に変える人 山本五十六、不覚の一瞬