国立医薬品食品衛生研究所の室長をしておられる、畝山智香子さんはネット上で「食品安全衛生ブログ」という活動もされており、大変参考にさせていただいています。
以前に近著の「健康食品のことがよくわかる本」という本を読みその書評は書いています。
今回読んだ「ほんとうの食の安全を考える」という本は少し以前の出版ですが、食の安全という問題全般を扱ったものと言えます。
ただし、断り書きが書かれているように、食品の安全性では一番大きなリスクと言える「微生物による食中毒」は専門外ということでこの本では触れていません。
また上記の本でも感じたのですが、非常に正確な記述であるもののやや専門的過ぎて素人には少し読みづらいかもしれません。
本書内容は、
農薬や添加物の安全基準やその基準値の考え方について。
発がん物質のリスクをどう考えるか。
食品のリスク分析はどのように行われるか。
食品の有効性はどう評価されるか。
そして、終章に「健康的な食生活を送るために科学リテラシーを育む」とされています。
食品添加物や農薬の食品への残留値を評価する安全基準に「一日許容摂取量」(ADI)というものがありますが、この数値の設定方法が詳細に説明されています。
マウスやラット、ウサギなどにその物質を与えて、体重の増加が抑制された最小量のうち、一番低い値をさらに安全係数100で割ったものをADIとするというものです。
つまり、ヒトが毎日その値の物質を一生摂取し続けても健康への悪影響が出ないと考えられる値ということです。
農薬などの食品残留の許容値はこのADIを基に設定されます。国民栄養調査の結果から、日本人が摂取する食物に含まれるその物質の量を算定し、それがADIの約80%以下に留まるようにするというものです。
したがって、こういった残留基準の値を超えたからと言ってそれを食べるとすぐに健康被害が出るとは考えられません。
このあたり、誤解している人も多いようで残留基準を何倍超えた食品が出回ったというとそれを食べるとすぐに被害が出るように言うこともあるようです。
なお、このような「残留基準値」が定められるのは、食品添加物や農薬と言った純物質のものであり、天然の食品には定められていません。
しかし、それは「天然食品は安全」ということを意味してはおらず、まったく逆です。
例えばタマネギには身体に影響を与える物質が入っていますので、それを大量に摂取すると健康被害が出ます。もしもタマネギが食品添加物だとしたら、とても認可されないレベルのものです。
ジャガイモに含まれるソラニンなどといったアルカロイド配糖体も同様です。
「発がん性」という言葉にはどうも人は異常に反応してしまうようで、発がん性物質であるというとほんの少しでも食品には入っていないことを求めるようです。
国際がん研究機関(IARC)が様々な物質の発がん性を評価した情報が出ると大騒ぎになります。
しかし、このような物質でも発がん性の強弱というものはあり、微量であれば影響の出ないものもあります。
臭素酸カリウムには発がん性があるのでパンに使わせないという要求もありますが、逆にそれを使わないためにパンがカビた場合のカビが作り出す「カビ毒」という発がん性物質ははるかに強力です。
カビ毒の危険性を無視して薬剤の毒性のみを問題視するのはやはり科学の誤用というものです。
2009年にイギリスの食品基準庁(FSA)が、「オーガニック食品」(いわゆる有機食品)の栄養価や健康への影響は通常食品と違いがないという報告を発表したのですが、それに対して有機農業推進団体が抗議をするといった騒動が起きました。
政府機関や研究者はそういった情報発信を他にもしているのですが、有機農業推進者たちはオーガニック産品が優れているとか農薬が危険といった宣伝をしています。
メディアにもそういった主張のほうがよく取り上げられます。
健康にとって重要なのはオーガニックかどうかより多様な野菜や果物などをバランスよく取ることであり、「オーガニックしか食べない」といった食生活はかえって有害であることがあります。
どのような情報が有益かということを判断する科学リテラシーを身につけることが重要ということです。
ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想(DOJIN選書28)
- 作者: 畝山智香子
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2009/11/30
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