酸素は大気中に21%含まれておりそれは簡単に変わるものではないような気になってしまいますが、地球の成り立ちを考えるとそれはほんの偶然にすぎなかったようです。
本業はお医者さんですが、山登り好きがこうじて酸素について考えることも多くなってしまったという著者の三村さんが、地球誕生以来の酸素の歴史から、現在の酸素にまつわる生化学的な知識、病気に関する話、生物の酸素への対応など、実に盛り沢山な内容を新書に詰め込んで、素人でもこれ一冊読めば相当分かった気になれるという、お得な本になっています。
宇宙全体の元素の存在量をみると、水素が70%、ヘリウムが28%とこの2種でほとんどを占め、その他の元素は微量に過ぎないようです。
ビッグバンのあとしばらくは水素、ヘリウム、リチウムしかなかったのですが、徐々にそれらのガスが集まり重力が生じ、その中で核融合反応が進み出し、質量の重い元素ができてきた時に酸素も誕生しました。
それは太陽の10倍以上も大きな恒星で作られたのですが、それが数十億年をかけて地球に水として降り注ぎました。
高速で降り注いだ水は炭素と結びつき二酸化炭素や一酸化炭素となり、また遊離した酸素は地球の核に大量に含まれる鉄と結びついて酸化鉄となりました。
27億年前に、地球にはシアノバクテリアが登場し、光合成を行って酸素ガスを放出しだしました。それまでは大気中の酸素濃度はほぼ0であったのですが、徐々にあがってきます。
しかし、その上昇速度は非常に遅く、1億年たってようやく現在の大気中酸素濃度の10万分の1に達しました。
そうこうしている間に、地球全体が凍りついたという、全球凍結が起きます。
24億年前から22億年前まで、そして8億年前から6億年前までの2回は凍りついたと見られます。
この時は地表は赤道まですべて1000m以上の氷で覆われ、シアノバクテリアもほとんど死滅しました。
ただし、火山の噴火口など特に高温であったところにかすかに生物が生き残ったようです。
ほとんどの生物が死に絶えたために、二酸化炭素が徐々に濃度を上げていきました。
そうなると温室効果が起き、ようやく7000万年たって気温が上昇し、一気に氷を溶かし出してしまいました。
するとわずかに残っていた生物が急激に拡散し繁茂し、そして進化も起きました。
酸素濃度が1%を越えたところで、カンブリア紀の大爆発と呼ばれる進化の急激な進展が起き、現在の多細胞生物のほとんどが出揃いました。
その後、生物は5回の大絶滅により急減しては、また急激な回復を果たすということを繰り返してきました。
これらの大絶滅はその原因も多様ですが、その中の1回は無酸素に陥ったことが原因であったようです。
2億5000万年前にはそれまでの最高濃度の30%に達していた酸素濃度が急降下するというスーパーアノキシア(酸素欠乏)という事件が起き、そのときに生物種の多くが絶滅しました。
その原因はいくつか考えられますがまだ確定していないようです。
酸素は生物にとって有害ですが、それ以上に有利な働きがあります。
それは、有酸素でのエネルギー獲得であり、酸素を使わないエネルギー獲得の18倍も有利なものです。
ただし、酸素が活性化した活性酸素(名前だけは有名でしょう)はその反応性の高さから体内のあちこちに障害を与えるため、この活性酸素を有効に除去できる機構を備えた生物だけが生き残ってきました。それができないものたちは、「嫌気性生物」として酸素から逃れて生き延びています。
また、生物は酸素を有効に使う機能をあれこれ備えているために、低酸素の高山などでは機能が衰えてしまいます。
それを逆に利用する、マラソンなどの高地トレーニングというのもよく知られているものでしょう。
ガンなどの腫瘍と酸素の関係というものも知られています。
腫瘍では反応が非常に盛んなために酸素消費量も多く、付近の酸素濃度を下げてしまうほどです。
そのために、低酸素障害を起こしやすく、それを逃れるために新たに血管を作ってしまう「血管新生」ということを始めます。
そのため、血管新生を阻害したり、血管を塞いだりするというガン療法も行われています。
ガンの転移と言うことにも、この低酸素状態から抜け出すと言う意味が関与しているそうです。
いやあ、酸素というものは面白い。まあ、他の元素も面白いんでしょうが。