爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「星屑から生まれた世界」ベンジャミン・マクファーランド著

何か文学的な題名ですが、中身はかなり専門的な化学と進化の話です。

副題が的確にその内容を示しており「進化と元素をめぐる生命38億年史」というものです。

 

地球上に生命が生まれ、それが進化を続けて現在に至っているのですが、そこには地球に存在している元素というものが大きく関わっています。

生物が専門の人にはちょっと盲点になるところかもしれませんが、遺伝子の進化もさることながらそれに影響を与え続けている元素の存在を化学的に考えていくということも絶対に必要なことなのでしょう。

 

そういった観点から説き明かしていくのは、アメリカのシアトルパシフィック大学のマクファーランド教授で、化学と生化学が専門ということですが、より化学の影響が強いように感じられます。

 

最初の1・2章は最近の話題(特殊な湖水で見つかったヒ素を生命維持に使うという微生物)で始まりますが、その後は年代を区切って137億年前の宇宙の誕生から太陽系の誕生まで、45億年前から38億年前の地球という惑星が火星や金星と異なる運命となった巡り合わせ、といった具合に生命の誕生から光合成の獲得、酸素の影響、その他の微量元素の利用と言った風に進めていきます。

 

それぞれが非常に中身の濃い話の連続であり、化学系、生物系の学生であってもなかなか簡単には読みこなせない内容かもしれません。

ましてや、現役を離れてかなり経過した私にとっては非常に難しい内容でしたが、読んでいてワクワク感が得られるものでもありました。

 

生物というものは大部分がCHON(炭素・水素・酸素・窒素)とさらにP(リン)S(イオウ)でできていますが、その他の多くの元素が必須です。

その役割としては、体を構成する成分としてCHONPS、とさらにSe(セレン)I(ヨウ素)Ca(カルシウム)

電荷のバランスを取るためのものとして、Na(ナトリウム)、K(カリウム)、Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、Cl(塩素)と、P、Sの酸化物を利用します。

さらに、触媒作用のために遷移金属が多種使われています。

この触媒作用を発揮するために、タンパク質によって構成される酵素の中に遷移金属が微量に含まれるのですが、実はこの金属元素がその作用の主体とも言えるものだということです。

 

生物の遺伝子、ゲノムの中には数多くの酵素を作成する部分が含まれています。

ゲノムに関する研究が進みデータが多く出た2006年に、マサチューセッツ工科大学のデュポンらが金属とタンパク質(酵素)の結合に関わる遺伝子を調べ、その中で最古と考えられるものを突きとめました。

金属の利用はまず鉄から始まり、ついで亜鉛、カルシウム、銅と進みました。

他の研究者も様々な方向からこのテーマについて発表をしています。

酸素を利用し高効率で反応を進める酵素はかなり遅く、酸素が十分に行き渡ってから出現しました。

水素化合物を使う酵素は生物出現の極めて早い時期に出現し、次第に使われなくなっています。

水素の存在比が徐々に低下していくのと符合しています。

微量な遷移元素の利用の順序も検討され、鉄・マンガン亜鉛が早くから使われその後コバルト・ニッケルも使い始められ、モリブデン・銅は相当遅れて使われだしました。

こういった時期の相違は地上に酸素がどの程度増えてきたかということで影響を受けており、それも生物の関与が大きかったということになります。

 

アメリカの宇宙物理学者、エリック・チェイソンは生物や星などあらゆるもの(系)に適用できる「エネルギー消費密度」(ERD:energy rate density)というものを定義しました。

それによると、生まれたての太陽は0.001W/kg ほどであったものが、徐々に質量を減らし輝度を増しているために現在では0.002W/㎏まで上昇しているそうです。

生物の場合はかなり高く、光合成細菌や植物では0.1~1.0W/kg、動植物を食べていたかつての人類では2W /㎏程度ですが、現在の化石燃料を大量消費している人間では50W/kgを越しているそうです。

 

生物が酵素反応で用いる遷移金属の種類は、その環境にある程度存在するかどうかで左右されました。

いくら反応性が有利であっても、あまり存在しない元素は使えません。

しかしそのような元素の存在比率というものは生物の働きによって増加してきた酸素の量によって大きく変わってきたそうです。

その結果、酵素と共同作用をする金属の種類も変化してきました。

この点については、確かに言われてみれば納得できるのですが、盲点だったかもしれません。

数十億年の生物の歴史というものが、化学的な元素の存在というものに影響を受けていたということでしょう。

なお、生物の働きも元素に影響を与え続けているわけで、鉱物も酸素の存在で大きく変わっています。

現在の地上の鉱物のほとんどは酸素によって変えられてしまっている、すなわち生物が作り出したものとも言えるそうです。

 

いやはや、少しばかり生物学についても知っているつもりだったのですが、驚くほどの内容でした。