脳科学という分野が発達し、色とりどりの脳画像と称する絵をあちこちで目にするようになってきました。
リアルタイムで画像が見られるために、いろいろな質問をしたり、映像を見せたりした場合の脳の反応といったものを得られるようになり、それを様々な分析に供するといったことを実施するのがブームのようになっています。
しかし、その科学性というものはそこまで深く討論されていないようです。
にも関わらず、「アフマディネジャド」の画像を目にした人の脳の反応を見て、活性化したなどとしてそれが何かの意味があるかのように主張する人たちも居ます。
また、アメリカの例ではこれを殺人事件の裁判などに取り入れ、被告が精神的な障害があることを証明して刑の減刑や無罪を得ようという動きも延々と続いているようです。
このような状況について、アメリカの精神科医であるサテルと、心理学者のリリエンフェルドが具体例を数多く挙げて説明しているというのが本書です。
1980年代に、脳の機能的画像としてPET(陽電子放射線断層撮影法)が出現しました。それから10年も経たない内に、さらに機能を増した「fMRI」(機能的磁気共鳴画像法)が実用化されました。
こういった技術により、様々な状態の人間の脳が観察できるようになりました。
この結果、いろいろな分野への応用が試みられ、神経法学、神経経済学、神経哲学、神経マーケティング、神経金融学などという新たな研究領域を産み出しています。
脳を研究すればこれまでに人類が立ち向かったうちでも最も深遠な謎、つまり人間そのものの謎が解明されるかもしれないという期待を込めての熱狂です。
ある科学者が言うように「脳画像は科学のシンボルとしてボーアの電子モデルに取って代わりつつある」のかもしれません。
他人の頭の中を覗いてそこに意味を見出すということができればと考え、有権者の意見を操作したい政治家、消費者が本当に買いたいものの知りたいマーケター、絶対確実な嘘発見器を手に入れたい警察、中毒研究者、精神病医、被告人弁護士などがこれに飛びつきました。
しかし、著書が強調しているのは、「今はまだ脳画像法はそのようなことは何一つできないのだ」ということです。今後の発達はするかもしれませんが、まだ実用的なものではありません。
外部からの刺激に答える脳の反応というものを見るというのが脳画像法の根本です。
しかし、そこにはある刺激をそれに反応する脳のある領域とが1対1で対応しているということを暗黙の了解としてしまっていますが、実際はそのようなことがあるはずもありません。
数多くの反応が複雑に絡み合っているものを、1対1に単純化してしまうという、およそ非科学的な手法を使ってしまっているのです。
このような、まだ現在のところは不十分な科学性しかもたない方法ですが、何とかそれを使って自らの都合の良い結果を科学の衣をまとわせて出したい連中にはもってこいのもののようです。
薬物やアルコールの中毒患者に適用すれば、その中毒症状と言うものは本人の責任から離れて脳の疾患のように見せかけられます。
また、殺人事件の被告の脳に何らかの異常があるように見せれば被告の責任を軽減できるように陪審員に信じさせることもできるかもしれません。
著者は、この脳画像法の可能性を否定するわけではないとしています。しかし、現在のこの手法はまだまだ科学的なものとは言えない状態であり、これを恣意的に利用して自らの論議を科学的に見せたいということはやってはいけないことであると主張しています。
本書はアメリカで2013年に発行されたものを2015年に翻訳し出版されたものです。日本の状況とは差があるかもしれませんが、どうせアメリカに遅れて付いていく日本のことですから、こうなるのでしょうか。
まあ「一見科学風」に弱い日本人のことですから、すぐに騙されることでしょう。
- 作者: サリーサテル,スコット・O.リリエンフェルド,Sally Satel,Scott O. Lilienfeld,柴田裕之
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2015/07/01
- メディア: 単行本
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