爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「その〈脳科学〉にご用心」サリー・サテル、スコット・リリエンフェルド著

脳科学という分野が脚光を浴びています。

平常な状態でも脳の活動状況が測定できるという、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)が開発され、それで画像化された脳の映像は誰でも見たことがあるかもしれません。

 

何らかの刺激とそれに対応する脳の画像を解析することで、脳の反応を見ることができるかのような学説が氾濫し、それを用いたマーケティングや、裁判での主張などが広がっています。

 

しかし、脳の反応などはそう簡単な経路だけで説明されるはずもなく、また個人差と言うものも当然大きなものであるはずが何も考慮されていないようです。

 

こういった、危険なほど安易な脳画像を用いたものについて、精神科医のサテルさんと心理学教授のリリエンフェルドさんが多くの事例をあげて解説しています。

ただし、お二人とも専門家としては優秀なのでしょうが、ちょっと文章が硬いようで慣れない素人には少し分かりにくいものでした。

 

最初にひかれている例は他でも聞いたことがあることです。

ジャーナリストのゴールドバーグ氏を調査した脳科学リサーチグループは、彼をfMRI装置に縛り付け、「ジョン・マケインバラク・オバマ、ヤーセル・アラファトブルース・スプリングスティーンマフムード・アフマディネジャド」といった人名を聞かされたのですが、「アフマディネジャド」という名前の時にだけ特徴的な脳の部分の活性化が認められたため、彼はイランの大統領に何らかの関係があると言われたというものです。

この脳の反応と、人名の羅列の読み上げとがどういう対応をするのかも全く分からない中で、その関係を作文するだけのものが学問という名にも値しないのは明らかです。

 

しかし、この程度の根拠であっても、きれいな脳画像の色分けが何か意味があるように説明してしまえば、それを使って仕事をしたい人々にとっては十分な資料になるようです。

 

このような検査手法を「脳スキャン」と言いますが、著者はこれを「脳スキャム」と言い換えています。

スキャムとは「詐欺」のことです。

ニューロマーケティングと称して商行為に応用しようとしている人々は詐欺同然のことをしているように見えます。

 

脳画像を見ながら、商品を見せたり名前を読み上げたりした時の変化を見てその商品と反応を関係づけるということですが、それが本当に購買行動に結びつくのかどうかもまったく分かりません。

それを、何らかの関係があるかのように見せかけるのには、まだ全くデータが足りません。

こういった解析をすばらしい意味があるように見せかけ、企業関係者に高い金で売りつけるのはまさに脳スキャムという名にふさわしいようです。

 

こういった「脳科学」は、裁判で無罪を勝ち取ろうとする被告の弁護人などにとっては有用な道具になり得るようです。

犯罪の被告の脳科学的な分析を行い、彼の脳には何らかの病的な部分があってそれが犯罪を引き起こしたとして、責任能力がないとか、仕方ないことだから減刑すべきといった論法で使われるようになりました。

アメリカの裁判では陪審制であるため、見た目のアピールが強い脳画像は有効であったようです。

 

著者は脳科学や脳画像法を批判するつもりはないとしています。

ただし、それを商業や臨床医学、裁判などの領域に対して応用するのはあまりにも時期尚早であり、単なる画像に何らかの意味を見出すには研究がまだ及んでいないということを主張しています。

脳科学者にサイレンスライターのデイヴィッド・ドブスが2011年の会合の際に「脳を完全に理解するために必要なことは現在何%分かっているか」と尋ねたそうですが、科学者たちは皆一桁の数字を挙げたそうです。

まだ基礎的な研究を地道に続けていく段階で、とても応用はできないということでしょう。

 

日本でも怪しげな脳の画像を振り回す人々が出ているようです。

気を付けなければ。