爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「新自由主義の帰結 なぜ世界経済は停滞するのか」服部茂幸著

経済学者の言うことなど皆価値が無いかのように感じていましたが、この本の著者の服部さんは福井県立大学教授で経済学博士、理論経済学がご専門というバリバリの経済学者のようです。

しかし、この本に書かれていることは多くの点で納得できるものでした。

 

本書出版は2013年、2008年のリーマンショック以降まだ回復が見られない時期です。

 

2008年まで、アメリカ経済は好調のように見られていました。

それが、新自由主義に基づく政策による経済の復活であるように思われていたのですが、それは幻想であったとしています。

新自由主義は富を1%のスーパーリッチに集中させることでした。それを経済復活と見せかける幻想に過ぎなかったのです。

 

そのような政策、すなわり金融の自由化とFRBの金融政策がバブルと金融危機を作り出しました。

 

さらに、グローバルインバランス、各国の財政収支も悪化しているのですが、それも新自由主義のもたらしたものとしています。

 

結論としては、1930年代の大恐慌が世界の政治経済に大きな傷跡を残し、資本主義を大きく変えたように、現代の経済危機は世界全体の政治経済の構図を大きく変えるだろうということです。これも世界史の転換点です。

 

 

第2次世界大戦後に成長した「戦後資本主義」は重化学工業を中心とした製造業の資本主義でした。

その製造設備は大規模にならざるを得ず、結果として大企業と大規模労働組合の時代となりました。

技術革新と大量生産化により生産性が向上し続けたために、賃金上昇もスムーズに行われました。

 

しかし、アメリカにおいて製造業が日本やドイツとの競争に敗れ、グローバリゼーションが進行した結果、そういった構造に大きな変化が起きました。

IT企業に代表される知識産業が発達したため、ジョブズゲイツのような一部の天才は巨額の報酬を稼げる一方、ほとんどの労働者は途上国労働者との賃金競争となってしまい収入は低下しました。

ITバブルは投資の過熱にもつながり、金融工学なるものの発達も起きました。

 

結局、戦後資本主義は「経営者資本主義」でもあったのですが、これが「機関投資家資本主義」に変質していきます。

 

投資重視の資本主義となると、それは「バブル依存型経済成長」につながってきます。

製造業の企業ですら、その資金を使った投資で利潤を得るようになりました。

 90年代以降、日本経済の長期停滞が続いたために日米逆転論は影をひそめ、リーマンショックまでは新自由主義経済がアメリカ経済を復活させたと一般には考えられていました。

しかし、実際はその頃のアメリカの経済成長率はデフレ日本とほとんど変わらない数字を示していました。経済成長のように見えていたのはバブルとバブルに支えられた負債に過ぎなかったのです。

2000年代前半までITバブルと住宅バブルで巨額のキャピタルゲインが生じました。そのほとんどがスーパーリッチに分配されたためにアメリカの格差は拡大しました。

 

戦後資本主義を支えていたのがケインズ経済学でした。そして機関投資家資本主義を支えるようになったのが新自由主義経済学と言うことができます。

2008年までのアメリカ経済の成長を支えたと言われたのが新自由主義経済でした。

それが何に成功したのかと言えば、富を集中させることだけでした。

日本においても新自由主義レジームが作り出したものは大衆の貧困と格差拡大でした。

スーパーリッチという連中は支出性向が低いために、そこに富と所得を集中させることは経済停滞を助けたことになります。

 

 

金融恐慌を作り出した要因に、金融の技術革新がありました。

それは、ローンの証券化CDSクレジット・デフォルト・スワップ)でした。

ローンを輪切りにして、安全なシニア、メザニンから危険なエクイティまで様々な商品として売り出しました。

エクイティは極めて危険なために市場で売却するのが難しく、結局は証券化を行った金融機関自身やその子会社の手元に残ってしまいました。それが無価値となったためにそれらの機関の一気の破綻を招きました。

 

また、そのような証券化したものを転売すると住宅ローン会社は損失を他に転嫁できることになりました。

その結果、ローンの安全性自体が軽視されるようになりました。

 

CDSも形の上では保険であっても、法律上は金融商品でした。

ある会社が破綻した時に、その会社の社債CDSを購入していた投資家は保険金を受け取ることができます。

しかし、そのCDSの保険金を支払うことが難しくなり破綻するところも出てきます。

全体としてみればその効果はマイナスとなりました。

 

 

 世界的なバブル拡大で、世界各国の間でのグローバル・インバランスも大きく拡大していきました。

2000年代では、アメリカと中国・日本の間のインバランスが拡大しました。

アメリカは輸出を越えた輸入を行うために外国からの借金を拡大させました。

この資金を出したのが東アジア諸国の政府でした。

それが自国通貨の上昇につながると輸出型経済の成長が鈍るために東アジアは自国通貨為替レート上昇を抑えるために為替介入をしてきました。

その方法は外貨を購入すること、すなわち基軸通貨であるドルを購入することです。

これが、持続不可能なほどと言われたアメリカの経常収支赤字を賄い持続させてきました。

 

インバランスはEU域内でも拡大しています。

ギリシアを始め、スペイン、イタリア、ポルトガルなどの赤字が拡大していますが、黒字国はドイツとオランダです。

 

国際的な収支不均衡を解決することは国際通貨システムには不可能なようです。

 

ギリシア財政赤字が拡大し、その国際の多くを外国が保有しています。

そのために危機に陥っていますが、実はこの構図はアメリカも全く同様です。

ギリシアを救済するために資金供給を求められているドイツなどでは、それに反対する声が非常に強いのですが、逆にアメリカを救済するためにアメリカ国債を購入している日本政府は歓迎されています。

日本政府が購入しているアメリカ国債円高になれば多額の差損を出しているにも関わらず、です。

 

 

本書の大半はアメリカの失敗を語っていました。しかし、日本もその道をたどっているようです。

アメリカの失敗を分析し、その轍を踏まないようにするべきでしょう。

 

 

 非常に素人にも分かりやすい解説でした。

規制緩和といったものが最上と唱え続けてきたのが、どういう勢力で、何を目指していたのかということが良く分かるものになっています。

 

その代わり?本書著者のお名前を検索すると、多くの批判が寄せられているのがわかります。

おそらく、敵対勢力の側が必死で攻めているところなのでしょう。誰がその側に立っているのか、分かりやすい構造になっているようです。