著者の磯田さんは歴史学者ですが、一般向けの教養書として書かれた「武士の家計簿」が脚色されて映画となっています。
他にも歴史関係の著書は多数あるようです。
しかし、この本は歴史的な文書を調査して書いたことには間違いないのですが、それ以上に「防災」ということに関しての強い思いがあってのものです。
磯田さんの母上はわずか2歳の時に祖父母の住む徳島県牟岐町に一時的に親元を離れ預けられていたそうですが、ちょうどそのときに1946年の昭和南海地震に遭遇し、牟岐町で100戸以上の家屋が流出、死者52人という被害を出したそうです。
祖父母をはじめ、一家の人たちはすぐに山に逃げたのですが、母上は大人が見失い一時は諦めかけたそうですが、奇跡的に助かったという経験をされたということです。
そういった身近な人の災害経験から、歴史文書を調査して防災に関わるものを取り出してまとめるという、活動を長らく続けられているそうです。
古文書に災害についての記述は数々残っているのでしょうが、室町時代以前には地方の隅々にまで文を書き残すという体制は整っておらず、あったとしてもわずかなものでしょうが、江戸時代以降になると日本全国でさまざまな記録が取られるようになり、その中には天災の状況についても書かれている例が多いようです。
そして、それらの文書は研究者により知られていないものも多数に上り、磯田さんが初めて目にするというものも出てくるようで、その内容でこれまでの災害の状況の概念が変わるものもあります。
1586年に関西の広い地域に大きな地震が起きました。天正地震です。
近江、伊勢、美濃、尾張などで城や寺社など多くの建物が壊れました。
実はこの時、豊臣秀吉は徳川家康を叩こうと準備を進めている最中で、そのまま進めばその時点での勢力から考えて家康は敗北する可能性が強かったようです。
しかし、あまりの被害の大きさに秀吉はその戦争の準備をあきらめてしまい、家康は命拾いをしました。
その後は徐々に勢力差が逆転してしまいます。もしも天正地震が無かったらその後の歴史も大きく変わっていたかもしれません。
また、その地震で大垣城が崩壊し、城主の山内一豊は一人娘を亡くしました。
その妻はその直後に捨て子に遭遇し、娘を亡くした悲しみからその子を拾って育てたのですが、その子は長じて湘南宗化という有名な学問僧になり、土佐藩に仕えて土佐の学問の興隆に力をふるい、さらに山崎闇斎という大学者を育てました。
この成り行きも天正地震がなければ無かったことかもしれません。
さらにこの地震の際には福井県の若狭湾を津波が襲っています。古文書の記録によればその波高は4m以上に達したかもしれません。それで現在の高浜原発のある高浜町の家が皆流されたそうです。この事実は原発設置時にきちんと考慮されたのでしょうか。
1707年には宝永地震が起きています。
江戸でもかなりの揺れを感じており、多くの文書に記録が残っていますが、秋田藩の江戸詰であった岡本元長という武士の記録が残っており、宝永地震とそれに続く富士山噴火の江戸での体験が書かれています。
江戸時代の江戸では地震の際は各大名が江戸城へ地震見舞いの使者を出すことになっていたそうです。
しかし、震度1や2の地震で出すと失笑されるので、各藩邸では独自に天水桶を置いており、その水がこぼれた時はお城へ使者を出したとか。
さらにその日記には富士山噴火時の江戸での火山灰の様子も書いてあり、12日間連続で続いて目に入ると大変だということでした。
地震の際の行動次第で、生命に関わる運命の分かれ道になります。
水戸藩の学者の藤田東湖は1855年の安政江戸地震で圧死したのですが、家に居たときに揺れが発生、その時はすぐに家族全員が庭に出ました。しかし母親が火鉢の火を消し忘れたというので、東湖が家に入り消そうとしたところ家が潰れて圧死したそうです。
藤田東湖の墓は水戸市の墓地にあるのですが、著者は東日本大震災の際に東湖の墓を見に行ったところ無残に崩壊していたそうです。死んでからも地震に祟られるかと哀しく感じたとあります。
一方、その前年の1854年には伊賀上野地震が起きているのですが、その際に藤堂藩の儒者の猪飼敬所という学者はそれ以前から前震が続いていたこともあり、家族全員に地震の際の心得を徹底していたために、本震で震度6以上の揺れが来た際にも申合せ通りに動いて家族全員が無事助かったそうです。
何よりこういった心構えが大事ということでしょう。
磯田さんは歴史学者であり古文書解読だけを手段として災害の情報を得ています。
地震や津波、火山噴火といった天災の発生は人間の文書記録の存在する時間の長さをはるかに越える発生頻度ですので、記録に残っているのはごく一部に過ぎないという制約はありますが、それでもまだまだ発掘のされていない文書が各地に残っているようです。
先人が命がけで体験した災害の記録をできるだけ活かすという活動は貴重なものと感じました。
天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)
- 作者: 磯田道史
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