爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「アルコール問答」なだ・いなだ著

作家としての方が有名だった なだ・いなださんですが、本業は精神科医でしかもアルコール依存症(昔はアル中)が専門でした。
その本業の方について、わかりやすく解説したものですが、そちらの腕はさすがに文筆業も本業ですので大したものです。
一応、仮想の患者さんが来院されてその方と奥さんに説明するという形で書かれていますが、普通の患者さんに対するようなものではなくアルコール依存症の歴史から背景、その他全般について触れられています。

アルコール依存症の治療というと酒を断って中毒症状を抜くということが考えられますが、そのようなやり方では退院後絶対にまた酒を飲みだしてしまいます。中毒の治療と依存の治療とは別でありその考え違いが社会一般にも広く存在するために治療も難しくなります。
アルコール依存症であっても「アルコール中毒」とまでは言えない状態の人が多いのですが、ここで先生は新幹線のたとえを出しています。つまり、東京から乗車して名古屋まで行けばもう到着(アルコール中毒)であるということにしても、(昔のたとえですので、品川や新横浜には止まりません)本人が乗ってすぐに気づいても「降りられません」それが依存症ということです。

アルコールに依存する人は「意志が弱い」と言われます。しかし、それほど意志が強いという人は普通でもあまり居ません。治療だからと言って意思を強くするということはできません。そこで「意地」を張らせるような方向で持っていく方が効果的だそうです。本人が自ら向けることでなければ長続きはしないそうです。

アルコール中毒というものの歴史にまで言及されていますが、酒というものは人の歴史のかなり古い時期から存在していました。しかしアルコール中毒とまでなることが可能になったのは極めて新しい話であり、それ以前は酒を飲めること自体が権力と結びついていたということです。また、権力者であっても常に飲めるわけではなく、原料となる作物の収穫時期の短期間だけ製造できるものの、長期貯蔵ができるわけもないので、一年のうち限られた時だけ飲めるものでした。そのような飲み方のために、一気に飲んで急性中毒になることはあっても慢性のアルコール中毒症状になることはできませんでした。
また、ほとんどの酒は食料と同じ原料から作られていたために、食べるための食料の供給がぎりぎりの時代には多くを作ることはできませんでした。江戸時代の日本でもコメの生産に余裕ができなければ酒には回せませんでした。
それが一気に大量に安価に製造できるようになったのはオランダやイギリスで作り出されたジンに始まるそうです。17世紀に始まることでした。
工業的に、余剰の穀物で作られることで非常に安価に供給できたために、労働者階級が大量に飲酒するようになり、その結果その人々に史上初めてアルコール中毒者も発生したということです。
そのような状況に、特にプロテスタントの国々で反発が強まり、禁酒運動も盛んになりました。アメリカの禁酒法が有名ですが、北欧やイギリスでもそのような活動が盛んだったようです。
しかし、当然ながらそのような法律的な禁止というものは行き詰ったのですが、そこで「発見」されたのがアルコール中毒という病気だったということです。つまり、法律家が禁止できず、道徳家も阻止できなかったアルコールの害を医者が止めなければならないようになったということです。

アルコール依存症の治療では、まったくうまく行かない1-2割の人と、すんなり成功する1割弱の人以外の多数ではいったん止められた飲酒がちょっとしたきっかけで再飲酒となり中毒症状がぶり返すというのが一般的のようです。患者本人も一度は抜けられたという自信を持つのがかえって仇となり、少しなら大丈夫と思って飲みだすようです。
アルコールの中毒の本質というものが、麻薬の中毒とは少し違うというのがここにあるそうです。麻薬は禁断症状が苦しくてまた手を出すのですが、アルコールではちょっと違う状況がありそうです。

実は日本でアルコール中毒の治療というものがきちんと始まったのは戦後もかなり遅くなってからで、それまでは入院させ閉じ込めて酒から切り離すだけのことしかできなかったそうです。著者は日本におけるアルコール中毒の治療開始のかなり早い時期からそれに関わってきており、有効な方法を模索しながら進めてきたということです。外来での治療などということも以前は考えられなかったものを著者らのグループが試行しながら広めたそうです。
また、日本では「断酒会」というものが活動しているのですが、医者もそれと共同で患者支援を進めるという方法を取るようになってきたのですが、その初期の段階からかかわっていたということです。

アルコール中毒の現在の問題としては、女性の患者の増加ということがあります。女性の飲む自由というものが増大したからなのですが、かといってアルコール以外への逃避が無いというのは自由とは言えないようです。
また、アルコールによる他の健康障害が非常に大きな問題となっており、肝硬変や食道がんはアルコールが原因といっても間違いはないのですが、これをアルコール中毒による死亡とはされていません。「アルコール医学会」という学会があるのですが、以前は精神科の医者の会員がほとんどだったのですが、現在では内科医の方が多くなっているということです。
健康保険の赤字も、アルコールが原因であるなら酒税から支出すべきではないかということです。それをまともに議論する政治家もほとんど居ないということなのですが、酒税を財政だけの問題として考えるだけではいけないのではないかということです。
また、飲酒運転の問題もアルコール問題の一つです。複雑であり、解決の難しい問題ばかりのようです。