爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「事故と心理 なぜ事故に好かれてしまうのか」吉田信彌著

交通事故の心理学について長く研究されている東北学院大学教授の吉田さんが一般向けに交通事故と心理の関係について解説された本です。

冒頭に挙げられているのは幼稚園の送迎に来た母親の車に別の園児がはねられたと言う事故です。それはたまたま著者のグループが事故心理について研究対象としていた幼稚園で、データを取っていた目の前で起こってしまったようです。したがって、加害者被害者の双方とも、それ以前からどのような行動を取っているかと言うこともある程度掴んでいた人達でした。
加害者の母親は普段は非常に慎重な運転をするタイプで、停車中の車の横を通る時にスピードを出すようなことはほとんど無い人でした。しかし、時にイラつく運転をすることもあるようで、特にこの時は子供を降ろしてから発車しようとした時に続けざまに2台のオートバイが通り抜けたためにしばらく停車していたと言うことが影響したようです。
また、被害者の子供は時により父親、母親のそれぞれに送られて来ていましたが、どちらも降ろす時に自分が降車することなく、すぐに帰ってしまうようでした。そのため、道路の反対側に降りた子供は道路の両側を確認するという躾もされずに走って横断するということが日常的だったようです。
このような要因が重なり事故が起きてしまいました。幸いにも怪我は軽く済んだようですが、どちらも相当なショックだったようです。加害者の母親はその後は自分の子供を園の入り口まで手を引いて行く様になってしまいました。小学校入学からは否応無しに一人で通学しなければなりませんので、これも良し悪しのようです。

この事故の起こった原因というのは、当然のことながら一つではありません。直接的には加害者がたまたまスピードを出しすぎたということと、被害者が確認もせずに飛び出したということなのですが、間接的には幼稚園の降車場所対応がなかったとか、道路の構造なども原因のいくらかは占めます。事故を防ぐと言う意味ではどれも無視はできないようです。

飲酒運転の実際についても、著者はかなり早い時期に被験者に飲酒させてその影響を見ると言う調査を行っています。現在では各地でそのような体験をさせると言うことも行われていますが、著者の実験は1984年に論文として出されていますので、その最初の試みかも知れません。
実験として行われていますので、被験者の運転の様子を飲酒前にも観察し、それが飲酒後にどうなるかと言う変化も見ていますので、興味深い内容になっています。飲酒前の運転でも実は免許試験の水準から言えば皆不合格だそうです。免許取得の時には守っていたことも長年の運転でだんだんと忘れてしまい、いい加減な運転になるようです。これはそうでしょう。自分でも覚えがあります。
飲酒をした後では、コントロールが効かなくなる、余裕が無くなる、自分の状態が分からなくなるといった変化が起きるということです。これも納得できます。なお、著者は自分自身でも飲酒後の運転体験と言う試験をしましたが、発車直後にぶつけてしまいショックを受けたそうです。

事故を起こしやすい人は誰かと言うことは直観的には分かります。若い男性が一番というのは間違いない話だと思いますが、その原因は何かと言うことはさほどはっきりとしているわけではないようです。ただし、若者の事故というのも最近減少しているのも間違いないようで、その要因も諸説あるようです。バブル崩壊で若者の元気が無くなったというのもその一つかも知れないということです。
また高齢者が事故に遭うと言うことも間違いないように感じますが実際は事故にあう確率が高いというよりは、事故にあったときに死亡する確率が高いそうです。また、高齢の交通事故死亡者は女性が多いということですが、この年代の人はまだ運転経験が無い人が多いために車の走り方というものが実感できないと言う原因もあるようです。そのため、これから運転経験のある女性が高齢化したときには少し減るかも知れないということでした。

冒頭の幼稚園送迎の事故ですが、我が家の300mほど先にも幼稚園があり、また送迎バス等の制度はないためにほとんどの児童は自家用車で送迎されています。そこの園では道路上での乗降は禁止と言う指導がされており、かならず園内に車で入ってそこで降ろしているようですが、そこから車が出る時が問題で、よほど忙しい親ばかりと見えて無理な車の出入りが目立ちます。事故が起こらなければ良いがとはらはらしていますが、いくつかぶつかったとしてもその場限りの対応で済ませられてしまうのでしょう。本書の著者のように科学的に交通事故の要因を調査されている方は今でも多くはないのでしょうか。できれば「運転者の不注意」だけで済ませずに根本的な事故原因の除去につながるような活動ができれば良いのですが。

交通事故についてはこの本が書かれた2006年以降、認知症の高齢者によるものや、てんかんなどの病気によるものが問題化されています。著者の意見を聞きたいものです。