爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「なぜ人は【売れ筋商品】を買ってしまうのか」おもしろ心理学会編

「おもしろ心理学会編」とありますが、そこまで学究的内容ではなく、まあ普通のサラリーマンが読めばすぐに納得できるという程度のものになっています。

だからと言って、レベルが低いということはなく、ある程度は心理学の知見を基にされているのは事実のようです。

まえがきに「ビジネスヒント満載」とうたってあるように、そういう具合に使ってねということでしょう。

 

毎日きまって同じ店に足が向かうのは、「現状維持バイアス」によるそうです。

人は現状に大きな不満がない限り、変化したくないと思う深層心理があります。

変化することで良くなるかもしれない、しかし逆に悪くなる可能性もあるとすると、人は悪くなることを恐れる傾向が強いからです。

 

「サンクコスト効果」というものがあります。

これは、すでに支払ってしまった費用のことで、これをもったいないと考えて非合理的な決定をしてしまうというものです。

数千万円の開発費を投じて作った新製品がまったく売れなかった場合に、すぐに撤退という決定をできたら損失は拡大しないものが、その開発費用がもったいないと思ってぐずぐず続けている間に損失は莫大なものになっていくというものです。

 

これは国の事業などあちこちにありそうです。

 

さみしがりやはなぜ「黄色いネオン」に引き寄せられるのか。

ネオン街も夜8時をすぎると黄色いネオンが目立つようになるそうです。

これはひと目を引きつけ目を冴えさせる色だからということです。

 

「無料おためしキャンペーン」に引っかかると、「保有効果」が現れてきます。

3ヶ月無料レンタル、以降は有料や買い取りといった商法がありますが、3ヶ月使ってみると「一度手にしたものは離したくない」という「保有効果」が生まれてきて、たいていの人は買ってしまうそうです。

 

言われてみれば思い当たることばかりでした。

 

なぜ人は「売れ筋商品」を買ってしまうのか

なぜ人は「売れ筋商品」を買ってしまうのか

 

 

FOOCOM.NET専門家コラムで、児林聡美さんが栄養疫学の手法解説

FOOCOM.NETで、栄養疫学研究者の児林さんが、「効果的なフレイルティ予防食は?」という題目でまとめた研究を紹介し、「栄養疫学」という学問自体の説明をしています。

 

www.foocom.net

栄養疫学とは、一言で言えば(言っちゃって良いのかな)「人がどのような栄養を摂っているのかを広範囲に調べ、その人たちの状況をまとめて、栄養摂取と健康状態の関係をつかむ」ということ(だと私は理解しています)ですが、今回紹介された研究では、高齢女性の食生活を調べ、その人たちのフレイルティ(虚弱)の状況と食習慣との間に何か関係がないかを探ったものです。

高齢女性2100人余りの調査を実施しています。

 

この調査の結果では、「タンパク質をよく摂る人」と、「抗酸化食品をよく摂る人」はいずれもフレイルティの症状を示す人は少ないのですが、「タンパク質と抗酸化食品をよく摂る人」はその割合がさらに少ないということが分かりました。

 

これだけの調査を実施し、一応筋の通った結果が得られれば、健康食品メーカーなどでしたら大喜びで大々的に発表しCMに使うでしょうが、栄養疫学研究者はそうはいかないそうです。

 

疫学研究には欠点を述べる謙虚な姿勢がある

と、疫学研究の成果報告の際には必ず付けるべき研究の欠点の報告を紹介しています。

この研究の場合は、最大の問題点は食品の摂取の状況と、フレイルティなどの身体状況の調査を同時にやっているということです。

これを「横断研究」と呼ぶそうですが、この手法ではそれぞれの事例が関連していることがわかっても、どちらが原因でどちらが結果かという因果関係が判別できないという欠点があります。

もしも、因果関係を知りたいとなれば、もっと時間のかかる「コホート研究」という手法を実施する必要があります。

それを実施してみれば、もう少しは因果関係の有無について語れるかもしれません。(それでも完全ではありません)

 

疫学研究というのはそのような欠点も抱えている手法ですが、それでも個々の事例だけを追うような研究とは異なり広い範囲の状況をまとめるという大きな利点があります。

 

 疫学研究者は、常に論文の中で自分たちの研究の欠点を正直に述べ、研究結果に謙虚に向かい合っているのです。
 情報を伝える方々には、研究者たちが丁寧に記述しているこの「研究の限界点」も十分に考慮して伝えていただきたいなあとも思います。

ただし、疫学研究の成果を見て良いところだけをつまみ食いして報道するような事例も数多いのですが、児林さんは上記のようにも述べてそれを危惧されています。

 

ともすれば、健康食品の食い物にもされかねない研究分野です。警戒せざるを得ないのもごもっともです。

 

しかし、栄養疫学というものの可能性も非常に大きいものと感じることができました。

 

 

「誰も戦争を教えてくれなかった」古市憲寿著

本書の外装に書かれている書名は「誰も戦争を教えてくれなかった」なのですが、一枚めくるとその裏には「だから僕は、旅を始めた」と続いています。

 

その通り、自分で探して歩き、世界中の戦争博物館と平和博物館をめぐる旅をして、そうして書いた本です。

 

著者の古市さんはまだ若いが新進気鋭というべき社会学者です。ただし、あちこちで様々な発言で物議を醸している方のようです。

まあ、それも本を通してみても分かりますが。

 

たまたま、著者は2011年正月にハワイに行き、そこでパールハーバーに行ってみようと思い立ちます。

そこで、日本軍の奇襲攻撃を受け日米戦争開戦の舞台となり、今はアリゾナ・メモリアルとして整備されている記念館を訪れました。

 

そこで受けた印象は、「あまりにも爽やかな空間であった」ということでした。

さらにそこには来訪者を楽しませるような仕掛けがあふれる「楽しい」場所でもありました。

日本で戦争といえば「決して繰り返してはならない悲しい出来事」とされていたのとは大きく違う、アメリカの戦争観があふれる場所でした。

 

そうして、著者はその後世界のあちこちを訪れるたびに、各地で戦争に関する博物館を訪ねるようにしたそうです。

すると、各国で様々な対応がされていることが分かってきました。「戦争の爪痕をそのまま残すことに執念を燃やす国」「現代アートを使って戦争の悲惨さを表現しようとする国」「最新技術を使って戦争被害を強調する国」「極力自分たちの戦争観を表明せずに曖昧さを貫く国」といったものです。

 

第1章 アメリカや中国と比べることで見えてくる、日本の歴史博物館の特殊性

第2章 ヨーロッパの敗戦国の博物館

第3章 旧満州を中心に中国を旅した記録。「愛国教育」を受けた若者たちとも話し合った。

第4章 K-POPファンとともに、韓国の戦争博物館や38度線を訪ねた。

第5章 沖縄や東京の平和博物館を巡った。

第6章 「関ヶ原ウォーランド」という不思議な空間を訪れた経験を糸口に、変わりゆく戦争の形を考えた。

巻末 週末ヒロインももいろクローバーZという、著者よりさらに戦争を知らない若者たちとの対談。非常に混沌とした内容となっている。

 

といった構成で語られています。

なお、最初に言い訳が書かれていますが、別に世界の博物館を網羅しようという気もなかったので、ついでのないところには行っていません。例えば、タイや台湾、アメリカの本土、イギリスにも訪れていません。

また、本書に出てくる人名にはその次に必ずカッコつきの数字 例:(+33) が書かれています。これは太平洋戦争終了の年の1945年を0として、その人がいつ生まれたかを示しています。当初は何かと思ったのですが、ロベスピエール(-187)や毛利輝元(-392)でようやく分かりました。

 

最近の若者は戦争のことを何も知らないとは良く言われます。

NHKが実施した世論調査が引用されていますが、「最も長く戦った国」「同盟関係にあった国」「真珠湾攻撃を行なった日」「終戦を迎えた日」を答えてもらったものです。

すると、1959年生まれ以降の世代では多くの人が正答せず、全問正解はわずか10%でした。

これだけなら、「戦争を知らない若者(中年を含む)」で良いのですが、実はそれより年上の戦中派、戦前派という人たちもこれらの質問の正答率は低かったそうです。

つまり、若者だけじゃなく日本人は皆戦争に興味がなかったのです。

 

著者はドイツで各地の博物館を訪ね、国として涙ぐましいほどに戦争の記憶を残そうとする努力を見てきますが、しかしドイツでも国民の「歴史認識」調査をすると若年層ほどその知識が少ないようです。

さらに、「ホロコースト疲れ」とも言えるような国民の間の意識も生まれているとか。

もちろん、こういった状況は他の国でも共通で、イギリスやスペイン、カナダなど欧米各国で戦争の記憶の風化というものは起きているようです。

 

日本でも各地で博物館を訪ねています。

しかし、「歴史博物館」というところには、ほとんど「あの戦争」というものを正面から取り上げているところはありません。

そのため、著者は「僕たちはまだ、戦争の加害者にも被害者にもなれずにいる」と結論しています。

 

一方、民間で作られている、博物館としての条件を満たさないいわば「博物館もどき」には戦争や平和をあつかったものが多数あるようです。

 

なお、巻末に取り上げられている、「今後の戦争の姿」には不気味さを感じます。

そこでは、無人機と無人機の空中戦が頻発する状況や、民間軍事会社同士の戦闘など、これまでの国民国家の徴兵された兵士たちの戦闘とは異なった戦争の姿が描かれています。

無人機同士の戦闘を「戦争はいけない」と言っている人たちはどう考えるのだろうか。それは興味深いことです。

民間軍事会社に入り、傭兵として戦闘に参加する日本人も居るという話です。それは今後さらに増加していくでしょう。そうなると、中東やアフリカのどこかで民間軍事会社同士の戦闘が起こり、そこで日本人同士が戦うということも起こりうる事態のようです。

そうなっても、「戦争はいけない」と言い続けることができるでしょうか。

 

誰も戦争を教えてくれなかった

誰も戦争を教えてくれなかった

 

 

「人間を考える経済学 持続可能な社会をつくる」正村公宏著

書名副題の「持続可能な社会」に反応して手に取ってしまいました。

たいていの経済学者の方々は「持続可能社会」ということを誤解していると思っていましたが、本書著者の正村さんはきちんと資源エネルギーの限界も踏まえての論議をされていました。

 

ただし、この本は具体的な経済論議にはほとんど触れること無く、非常に広い範囲の話のようです。

最初に、「経済学は科学か」といった話題から入り、ついで経済体制とは何か、経済体制の選択とはと続き、さらに歴史と経済の関わりを振り返り、最後に「文明と経済」を論じています。

非常に大きなテーマの論議であるために、かえって具体的にどうするかということには触れず、基本姿勢についての経済論であったというように感じました。

 

適度に概略を紹介というのも難しいので、良かったら図書館で借りて読んで下さい。

 

いくつか気になったところだけ。

 

「素朴な自由貿易論は経済と社会を破壊することを認識する必要がある」ということです。

これまでの歴史を見ると、開発の初期段階にある後発国が成長すべき分野の製品に関税をかけて輸入制限をする権利が無ければ産業開発が困難になります。

また、自然環境保全や食料安定供給のための食料品輸入制限実施の権利も認められるべきです。

 

「市場機構の活用が自由と公正の保証の基礎条件であるといっても、市場経済の現実はせいぜい計画経済よりはマシという程度のことである」そうです。

そもそも市場経済は重大な欠陥を持つということを、原理と歴史を通じて認識し無ければいけません。

 

「第二次大戦後の日本の経済体制は、急速な経済成長の実現という目標に関しては有効に機能したが、経済成長の過程で発生した公害などによる人命の喪失を抑止することに繰り返し失敗した。高められた生産力を生活の質的改善のために有効に活用するという目的に関しても大きく立ち遅れた。いまは、経済成長という目標に関する過剰な成功が経済の不均衡を拡大させる基礎要因になっただけでなく、社会や文化を破壊し、子どもの生育環境を変質させ、量と質の両面で人間の再生産を困難にする作用をしていることに目を向ける必要がある」

こういった文章を書けるということは、それだけでこの著者に対する信頼感を感じる要因となります。

 

「現代では生産力と輸送力と通信力の発展によって、人間の活動が自然に与える影響がかつてなく大きくなっている。そのうえ、実質的に地球規模の単一文明へと向かう傾向が顕著になりつつある。ひとつの文明の衰亡が人類そのものの衰亡を意味することになる危険が増大している」

これも正にそのとおりと感じます。

人間を考える経済学  持続可能な社会をつくる

人間を考える経済学 持続可能な社会をつくる

 

 こう言ってはなんですが、経済学者にもまともな人が居るんだなという感想です。

”賀茂川耕助のブログ”を読んで No.1,192スティーガル法の復活を

賀茂川さんの最新記事は「スティーガル法の復活を」というものです。

kamogawakosuke.info

スティーガル法とは、アメリカで1,933年に成立した法律で、議会に提出した当時の民主党議員グラスとスティーガルの名が付いています。

内容は、銀行業と証券業を分離するというものでした。

しかし、より利益を求める銀行の強い要望で、1,999年に当時のクリントン大統領のもと、グラム・リーチ・ブライリー法の成立をもって廃止されました。

 

その結果がどういうことになったかと言えば、銀行がその大きな資金を基に投機に参入し結局は金融危機を招いてしまいました。

 

記事冒頭にもあるように、アメリカの自治領プエルトリコが負債総額8兆円で破綻しました。

アメリカ本体の財政もいつ破綻してもおかしくないほどになっているようです。

 

トランプ大統領は選挙戦当時にはスティーガル法の復活を唱えていたそうです。

ウソばかりのトランプですが一つぐらいまともなことをしてから消えていってもいいように思いますが。

 

日本はどうなんでしょう。銀行どころか公的資金までもが投機市場につぎ込まれているようですが。

 

またまたいつもの、「口先だけ”経済最優先”」

今回の内閣改造に当たり、首相は「経済最優先」で進むと語っているそうです。

(あわわ、”騙っている”と変換しそうだった)

 

選挙や内閣改造など、国民の支持を得たい時だけはこの言葉が出てきます。

しかし、その本心はどこにあるのかもそろそろ、いかにのんびりした国民でも分かりそうなものです。

 

ただし、彼の言う「経済最優先」はそれこそ国民に大きな負債を負わせるものであり、かえってそんな演技をせずにやりたい改憲だけに突き進んでくれた方がマシでしょう。

 

経済最優先と言いながら何をやってきたのか。空前絶後のマイナス金利、日銀による国債の大量買い付け、年金資金を株式市場に大量投入しての株価吊り上げ等、将来の日本に大きなツケを回すようなことばかりです。

 

もう早くやりたい改憲をやってください。そして国民投票で大敗を喫して退陣してください。