フェイクニュースというとトランプを思い出しますが、フェイクニュース自体は昔から存在はしていたのでしょう。
しかし、インターネット特にソーシャルメディアというものができてからはそれら虚偽情報の拡散というものがそれまでとは比べ物にならないほど巨大に、急速に、激しくなってきました。
本書著者の笹原さんは、新しい学際科学である計算社会科学という分野からこれらのフェイクニュースとネット社会の関わりを「情報生態系」の問題として捉え、その仕組みを解明していきます。
フェイクニュースとは何か、その定義は実はまだ確定したものではありません。
辞書には最新版には新たな言葉として書かれています。
コリンズ辞書では「ニュース報道の体裁で拡散される、虚偽の、しばしば扇情的な内容の情報」として掲載されています。
しかし、この辞書的な定義ではフェイクニュースの複雑性を的確に捉えているとは言えないようです。
フェイクニュースの実態はともかく、この言葉自体はトランプの大統領選から広がったのは間違いありません。
グーグルトレンドをみても、フェイクニュースという言葉は2016年11月、選挙戦が佳境に入った頃から爆発的に広まっています。
フェイクニュースの内容の一つとして多いのは「陰謀論」という性格のものです。
「予防接種をすると自閉症になる」とか「エボラウイルスはアメリカが開発した」など、一見科学的な内容のように見せながらその根拠は科学的にはありません。
これについて、イタリアの研究グループがその拡散動向を調査しました。
すると、科学ニュースと陰謀論のSNSでの拡散にはいろいろな特徴が見られました。
まず、科学ニュースを読む人は陰謀論は読まず、逆に陰謀論を好む人は科学ニュースは読まないという特徴がありました。
そして、これらのコンテンツが公開されてから約2時間で情報拡散のピークを迎えるということは共通するのですが、科学ニュースは公開されてからすぐ広がるもののシェアする人が少ないためすぐに沈静化してしまします。
一方、陰謀論は陰謀論好きの集団の中でいつまでも広まっていき、最終的には科学ニュースよりはるかに広い範囲に行き渡りました。
これらの結果は、情報拡散は自分の考えや価値観に一致する場合に起こりやすく、反証する情報は拡散しないということを示しています。
したがって、デマや陰謀論をなくすためには正しい科学情報を提示すれば良いという単純な対策は意味がないことになります。
これは、マサチューセッツ工科大のグループによる検証でも同一の結果が得られています。
誤情報は、事実よりも「深く、速く、幅広く」拡散することが確かめられました。
それでは、このような特徴的な現象はなぜ起きるのでしょうか。
それには、人間の認知というものに付きまとう「癖」が関わっています。
世界は情報で溢れかえっています。
これらの情報をすべて参照して最適な判断をすることはできません。
そんな時に我々がする行動は、これまでの経験に照らして過去にうまくいった行動パターンを選択するということです。
このような傾向を「認知バイアス」と呼びます。
認知バイアスにはよく知られているだけでも200以上のものがあります。
便宜的に4つのタイプに分類して示します。
1情報過多タイプ 多すぎる情報に対処するため自分に都合のよい情報だけをつまみ食いする。
2意味不明タイプ 情報を勝手に補完し、過度に単純化した意味を作ってしまう。
3時間不足タイプ 限られた時間の中で迅速に判断し行動するため、短絡的な反応や非合理な行動をする場合もある。
4記憶容量不足タイプ 重要な情報を優先して記憶するのだが、つじつま合わせのために過度に一般化してしまう。
どれも、偽ニュースの拡散を引き起こす原因になります。
「人は見たいように見る」ということは、すでにローマ時代にカエサルが言っています。
自分の意見や価値観に一致する情報ばかりを集め、それに反する情報は無視するのですが、これを「確証バイアス」と言います。
先入観があるため、同じ場面を見ても人によって見えるものが違ってきます。
また、「みんなと同じようにする」という行動選択もあります。
「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれるものでは、ソーシャルメディアで「いいね」や「リツイート」が集中するとその情報を信じやすくなります。
また、「バンドワゴン効果」のように、「勝ち馬に乗る」という現象もあります。
このように、心理状況からもバイアスがかかるのですが、それ以上に問題なのはネット情報を見る時にフィルターがかかっていることです。
SNSで意見を発すると、それに同調するような意見ばかりが帰ってきて、他の意見が見えなくなります。
これを「エコーチェンバー」と呼び、閉じた小部屋で自分の声がエコーとなって帰ってくるだけの現象を言います。
この条件では、受け取る情報も自分の意見と似たようなものばかりになり、それぞれがその傾向が強まると社会の分断が起きてしまいます。
アメリカのリベラルと保守派はそれぞれがエコーチェンバーとなってしまっていて、他の意見は耳に入りません。
これは、ネット情報を選別するフィルターを個人個人に適するように変えていく「パーソナライゼーション」によって、さらに強化されます。
ネットの検索やオンライン広告、ニュースフィードにはこのようなフィルターが埋め込まれているため、自分の意見にあったようなものしか見えてきません。
問題は、このアルゴリズムが知られていないため、なぜそのように選んだかを知ることができないことです。
おそらく、そのアルゴリズムを作った人にもどのように結果が導かれるかは予測できないでしょう。
パーソナライゼーション技術などと言っても、始まったのは2009年12月4日からです。
この日からグーグルは得られた個人情報を使ってどのようなウェブサイトを好むかを予測する検索アルゴリズムを動かし始めました。
マサチューセッツ工科大学では、このようなフィルターの機能を停止するツールを開発しています。
リベラル派に保守派の人々が見ているニュースやコメントが見られるように、その逆も可能にしようとするものです。
本書最後には、「フェイクニュース処方箋」すなわち、その対処法が書かれています。
ただし、「メディアリテラシーを強化する」というのは処方箋になるんでしょうか。
確かに、メディアリテラシーが高い人は偽ニュースに騙されにくいということは言えるようです。
ただし、現在の多くの若者はメディアリテラシーが高くないという調査結果もあります。
それを向上させるというプログラムもあるようですが、効果はあるのでしょうか。
ファクトチェック、すなわち発信された情報が客観的事実に基づくものかを調査し評価して公表するというものです。
現在、世界のさまざまなメディアや団体によりファクトチェックが行われています。
ただし、これもその団体のレベル次第でしょう。
現実の進展の速さについていけるかどうか、どの様な未来になるのでしょうか。
フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ (DOJIN選書)
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