心理学者村上さんのご著書は、IQに関するものと知能テストを扱ったものを読み、非常に的確な心理学的記述をされているものと感じていました。
本書は「IQってホントは何なんだ」を出版後に、出版社から現代で広く「性格」をめぐる話題を取り上げた新刊をとの依頼を受けて書かれたというもので、ちょうど50年前に当時の権威であった宮崎音弥氏が著した「性格」(1960年)の現代版をとの意図だったそうです。
しかし、その「性格」を再度読み返してみると、当時はベストセラーとなったというものですが、内容は既に心理学的には根拠が乏しいとして棄却されたものが多く、学問的な価値はすでに失われていたとか。
それほどまでに心理学の発達というのは世界的には着実に進んでいるのですが、日本においては疑似科学が流行るのみでまともな研究者もほとんど増えてこない。
そういった状況を批判する意味も含まれているようです。
性格を論じるにはやはり疑似科学というものを見ておく必要がありそうです。
古代から性格を論じたものは色々とありますが、占星術、人相学、骨相学などが延々と語られていました。
そして最近になっても日本では血液型による性格の類型化といったものが流行っており、さらに怪しげな心理テストが横行しています。
科学というものは、客観的事実だけではないと指摘されています。実は客観的事実から導かれた仮説とうものが現実のデータで検証できるかどうかが必要です。
これは物理学分野などでは自明のこととして受け入れやすいのですが、心理学分野では容易では無いようです。それは、実験者効果という研究者が無意識に働きかける効果の影響や、非調査者がすでに調査目的に予見を持っていることなどが多発するからです。
他にもバーナム効果、確証バイアス、サンプルバイアスなど検証を妨げるものが多いようです。
かつては、体格と性格が関連しているとする説、類型論も数多く論じてこられました。
肥満型は躁鬱質であり、細長型や分裂質だといったもので、20世紀初頭にもドイツのクレッチマーなどにより提唱されていました。
時代が進んでも様々な研究者によりこのような類型化が論じられてきたのですが、性格というものの判定自体も当人に対する質問で構成するといった不安定なものですので、結果も同様でした。
こういった類型化というものは複雑な心理というものを単純化し理解しやすくするということで好まれたということがありそうです。
ジークムント・フロイトの精神分析理論も20世紀初めから流行しました。
それに対してのおびただしい研究が行われましたが、結局フロイト理論は科学的には証明されずほぼ否定されました。
ただし、その影響はまだ広く強く残っているようです。
類型化論は性格を単純化して分類する方法でしたが、性格というものを連続的に変量として扱う「特性論」というアプローチも発達してきました。
これは現代で最も広く研究されている「ビッグファイブ」という理論にもつながるものです。
性格の要素を幾つかの「特性」というものに分画し、それがどの程度の影響力を持つかということを総合的に評価するというものです。
特性としては、1915年にウェブが提唱したものが「協調性、外向性、良識性、知的好奇心、情緒安定性」というものでしたが、その後さまざまな研究者によりその因子の追加、入れ替えという操作が行われています。
基本的な性格の因子というものは上記の5つであろうということがようやく仮説として成立し、それを「ビッグファイブ」と呼ぶ理論が成立しました。
しかし、ビッグファイブは性格を説明する理論ではありません。それは性格記述の枠組みを与えるだけのものということです。
これが性格を科学的に記述できる方法が初めて成立したものであると言えるといことです。
その他、性格をめぐり語られていることの一つに「親の養育態度の影響」というものがあります。
性格は遺伝により左右されるのか、環境、特に親の態度といったものに影響されるのかという議論は数多くなされていますが、これを真に科学的に評価できる研究は殆ど無いようです。
ほとんどの研究は大学生などに自分の性格と家庭環境について質問紙調査を行ってまとめると言った程度の科学的根拠の乏しいものに過ぎず、その結果も実験者の恣意により影響されているようです。
「方法論的に結果の多い研究にかぎって親の養育態度の重要性を指摘している」と記されています。
最後にはビッグファイブが様々な社会的性質について予測できるかどうかの例を挙げています。この辺は現在でも心理学研究の最先端のようで、確定したものは言えないようですが、かなりの予測力を持つとされています。
今後も心理学界はこの方向での研究がされていくのでしょうか。