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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「武器としての”言葉政治” 不利益分配時代の政治手法」高瀬淳一著

情報政治学が専門という著者が本書を刊行したのは、2005年12月、小泉純一郎郵政解散も成功させ絶頂となっていたころです。

 

それまでの自民党内閣首相とは大きく異なり、「言葉」により力を大きく得て旧来の手法による政治家を沈黙させてしまいました。

 

そのような小泉の政治手法を「言葉政治」と呼び、それがどのような経緯からできてきたのか、そしてこれからどうなるかというところも解説してみせたものです。

 

 

著者によれば、このような「言葉政治」とはすなわち「小泉型政治手法」ということです。

それは、それ以前の「角栄型政治手法」とも言うべき旧来型の手法とは大きく異なりました。

 

角栄型では、「利益誘導」を行ないそれで恩恵を受けるものたちを自らの集票マシーンとして力を得てきたのですが、時代が変わり誘導できる「利益」も底をつき、小選挙区制にしたために党内の組織も変質し、さらに多くの有権者が支持政党なしというグループに行ってしまってその時々の雰囲気で選挙結果がひっくり返る可能性も強くなりました。

そこでは、小泉型の国民に直接訴えかける「言葉政治」が強力な手法となります。

 

かつてのような、議員だけをまとめておけば国民はどうでも付いて来るといった態度では選挙を勝ち抜けなくなったということです。

 

 

本書では、そのような「言葉政治」という観点から戦後の首相を分類してみせます。

 

稚拙であった者たち 竹下登森喜朗村山富市

理屈だけの者たち 橋本龍太郎宮澤喜一

未熟者たち 細川護煕海部俊樹小渕恵三

 

そして、本格的な言葉政治を始めたのが、中曽根康弘であったとしています。

 

中曽根と小泉を同類として扱うことは、中曽根本人が一番嫌うだろうということです。

2003年の総選挙で、中曽根は小泉から高齢を理由に引退を迫られました。

それ以降、中曽根は小泉批判の急先鋒にたったのですが、しかし客観的に見ればその二人の政治手法はほとんど一致します。

 

小泉は、中曽根に始まった「言葉政治」をさらに深化させ真骨頂としたものといえます。

 

このような「言葉政治」が発達したのは、中曽根や小泉の資質がそうであったからという理由だけではありません。

政治をめぐる背景がそれを求めるようになってしまいました。

 

それは、

小選挙区制導入、無党派層の増大、連立政権・二大政党化、中央省庁の再編、首脳外交の重要性の高まり

という変化からでした。

 

小選挙区制導入で大きく影響を受けたのは、自民党の中での派閥というものの力です。

1区1人しか当選できない制度で、かつてのような複数区で自民党同士が争うということがなくなりました。

そして、自民党の公認が得られるかどうかが選挙の結果を大きく左右することとなり、それを決定する党中枢、とりわけ総裁の力が大きくなりました。

これを象徴的に見せたのが郵政解散総選挙でした。

 

無党派層の増大は90年代にはまだ30%程度であったものが、2000年代には40%以上、50%に達することもありました。

このために選挙は「浮動票をめぐる与野党一騎打ち」となり、首相のアピールが極めて大きな意味を持つようになりました。

 

さらに、2000年代初頭までの「角栄型政治手法」では利益分配政治ということが行われてきましたが、その後の財政難により分配できる利益が減少してしまいました。

そればかりか、政治の基本軸が「だれに不利益を押し付けるか」ということになっていきます。

消費税導入、増税、公共事業削減など、不利益を押し付けざるを得ない政策を一つ通すたびに首相が不人気となり交代。こういった「首相使い捨て」の状況が続きます。

 

その中で、小泉は「一緒に頑張ろう」と国民に呼びかける「チアリーダー型リーダー」として足元を固めたと言えます。

 

最後に著者はこのような「言葉政治」の問題点として、「独善」の危険性を挙げています。

言葉により、政治リーダーに国民的な人気が集中する可能性が大きくなりました。

そこでは、人気集中による「独裁」の危険性もありますが、そこまで至ることは少ないと考えられます。

しかし、リーダーの「独善」により暴走する可能性は十分にあります。

そこで求められるのは、議会、マスメディア、国民による政権批判機能を適正に維持することとしています。

 

 

なお、中曽根と小泉の比較として挙げられているのが、中曽根の演説には比喩が多く、小泉のものには比喩がほとんどないということだそうです。

その代わりに小泉は演説の中に多くの具体例に言及しました。

また小泉は国民に媚びるということはしませんでした。

 

また、小泉の手法の特色として「ワンフレーズ」ということが言われますが、本人が意識して使ったことはなく、マスコミが面白く取り上げてそうなったという側面が強いようです。

 

 

武器としての<言葉政治> (講談社選書メチエ)

武器としての<言葉政治> (講談社選書メチエ)

 

 

小泉が大抜擢した安倍晋三が現在は首相となり権勢を集めています。

彼の手法は「言葉政治」と呼ぶにはほど遠い感じがしますがこの辺のところはどうなのでしょうか。

(「言葉政治」というよりは「詐欺政治」だと思いますが)