戦国時代の歴史好きという人はたくさんいますが、それでもその興味の対象は非常に限られた範囲に留まることが多いようです。
しかし、戦国の世では多くの人々が文字通り死力を尽くして戦い、その才能を使って生き延びようとしていました。
あまり歴史の表舞台には立たなかったとはいえ、その中には目を見張るほどの人物も多いようです。
そういった「どんマイナー武将」に光を当てようというものです。
マイナーと言えるかどうか、結構名前は有名かもしれませんが、伊奈忠次という人がいます。
江戸時代に入ってから関東一円のインフラ工事などを指揮し多くの成果をあげました。
伊奈と書いていますが、ルーツは信州南部の伊那地方のようで、もとは伊那氏と称していたようです。
お家騒動のあおりで故郷を離れ三河に逃れたのが忠次の祖父伊奈忠基で松平氏に仕えます。
その後三河一向一揆に加担して追放されるもののその後復帰、家康に仕えて様々の方面でアイディアと実行力で有能ぶりを見せたそうです。
小田原北条氏に仕え、北条五色備と呼ばれた五人衆がいたそうです。
備(そなえ)とは軍団・部隊のことで、その甲冑を赤でそろえた「赤備」は井伊直政、真田幸村が有名ですが、それを五色(黄・赤・青・白・黒)で備えた五部隊を誇ったということです。
北条綱成、北条綱高、富永左衛門尉、笠原能登守、多目周防守でした。
秀吉の小田原征伐の折に皆戦死してしまいました。
北条氏に仕えた江川氏は、武士としても力を持っていたのですが、それ以上に有名だったのが酒造だったそうです。
鎌倉時代から酒造を始めていたそうですが、戦国時代にはその品質の良さで有名なものとなりました。
大名の間の贈答品としても使われていたそうです。
北条氏滅亡のあとは徳川に仕えることになるのですが、それも酒造家としての名が決めてとなったのかもしれません。
その後も伊豆地方の代官として家を守り、幕末に出たのが反射炉で有名な江川英竜だったということです。
映画やドラマになる戦国武将というのは限られていますが、他にも魅力的な人物は数多かったようです。