数学に一分野に確率と統計というものがありますが、これらは社会学的にも多く利用されるという特性があります。
その発祥と発展も、歴史的に国家や社会の運営という面から見ていかなければならないようです。
国の政治を行なう指針として人口や生産と言ったものの現状を見るということは世界的に見れば近代になってから始まったものです。
しかし中国だけは古代から2000年にわたりずっと続けてきました。
戦乱のひどい時には途絶えることもありましたが、安定した時には必ず人口調査などが行われていました。
その他の古代国家では、ただ古代ローマのみにその実施の記録があります。
今日でも使われるセンサス(census)という言葉は当時のラテン語で人口調査のことを指しました。
それを実施する役職がセンサー(censor)でした。
中国では古代から調査の結果は戸数と人口の両方が示されました。
政治の目的では戸数の方が重要視されていました。
しかし戸数と人口の関係はほぼ1対5であり、当時は小家族単位の社会であったこと、奴隷がいたかもしれないがそれが生産の主力では無かったことが分かります。
しかし中国を除く世界では中世にはまったく人口調査は行われなくなりました。
封建制となり各地の領主がその土地と人民の主権者となり、国全体を統括することは王といえどできなくなりました。
そのため、ほとんどの時代で人口というものは分からなくなります。
現在言われているような歴史的な人口の推移というものは多くの史料を集めてそこから推測した数字です。
そのため、ペストなどの疫病、モンゴルによる大虐殺と言ってもその死者の実数というものを推定するのは大変な事のようで、また学説により相当な差もあるようです。
ようやく17世紀に至り国としてのまとまりができてくると人口なども把握する必要が出てきます。
イギリスのウィリアム・ペティが生み出した「政治算術」というものから統計学は始まったとも言えるようです。
さらにジョン・グラントにより発展しさらに政治算術から統計学へと発達していきます。
本書では統計学の他にも確率論、進化論と統計学といったものの歴史についても記述されています。
確率論の最初はやはり賭博への応用といったところから始まったようで、その初期のジローラモ・カルダーノは確率についての書物も書いていますが、自身は賭博打ちだったということです。
現代に至り統計学の重要性はさらに増しているようです。
その割に学校での教育は力が入っているとは言えないように感じますが。