板倉さんは主に理科の教育ということに力を入れて活動した方ですが、2018年に亡くなられています。
本書の中にも触れられていますが、「仮説」ということを子供にも教え込むという、「仮説実験授業」ということも提唱してきました。
本書は朝日新聞社発行の教育雑誌「のびのび」に連載された「いたずら博士の科学教室」という記事をまとめたもので、初版は1977年発行ですがその後ずっと増刷を続けられています。
科学実験を組み立て、それに対して読者の結果の予測をうながし、さらに実際に実験をしてみるということで特に子供や若い人たちの科学に対する意識を高めようとしたものです。
なお、第二部では当時大きな問題となっていた超能力について、「科学的に考える」ということは何かということを扱っています。
これについては、超能力現象自体を扱った本もありますが、この本ではそれに対する科学的態度という基本を説明するような記述となっています。
簡単にできる実験についてでは、「砂糖水に卵は浮くか」というのが面白いところです。
実は「食塩水に卵が浮く」という実験はよく取り上げられています。
ある濃度以上に食塩を溶かした水に卵を入れると浮くのですが、その「食塩」が「砂糖」になったらどうなるか。
これは子供ばかりでなく学校の先生や大学生に聞いても答えが分かれるそうです。
「砂糖水でも卵は浮く」と考える人も「砂糖水では卵は浮かない」と考える人も出てきます。
この推論の仕方にもそれぞれ特徴が出てくるようです。
この正解は実は「砂糖を溶かしてみるまで分からない」とすべきところです。
卵の比重と釣り合う以上まで砂糖が水に溶ければ浮くのですが、溶解率の問題でそこまで溶けなければ浮きません。
実際には砂糖は食塩以上に水に溶けるため、卵を浮かせる以上に比重が上がるのですが、それは知識として知るのではなく体験としてやってみるべきなのでしょう。
水の沸騰する温度は常圧では100℃だというのが常識ですが、これを実験で確かめることは非常に難しいことです。
沸騰している水に温度計(通常使う棒状温度計)を入れて測っても97℃くらいまでしか上がりません。
この現象をみて「水の沸騰する温度は100℃ではなく97℃だ」と判断するか「温度の測り方の関係で97℃になってしまう」と考えるか、どちらもあり得ることで簡単には決められません。
これも正解は、「棒状温度計で正確に温度を測るためには上部まで完全に対象とする水に入れなければならない」からで、下部の「溜め」の部分だけ水に漬けても正確には測れないからです。
著者が提唱した「仮説実験授業」についての話も触れられています。
それは1963年からのことだったのですが、当時は「子供にウソを書け」などとはとんでもないというのが大人たちの反応だったそうです。
学校の作文や絵画の作品作りでも「本当のことを見た通り書け」と言われるばかりで、子どもにとっては全く面白くありません。
これを「ウソのことを書け」と言えば、子どもたちは活き活きと書き始めるということを提唱したのでした。
ウソをつけなどと言ったら本当のウソつきになるというのが一般的な考えですが、子どもはそんなことは分かっています。
何しろ、学校教育の前から遊んでいるごっこ遊びなどはまさに「ウソの世界で楽しむ」ことです。
これが、科学発展の基礎とも言える「仮説」につながっていくということは、理科系教育として優れたものだったといえるでしょう。
かなり以前からこういった教育論を主張してこられたということは素晴らしいものだったのでしょう。
しかし、残念ながら現状はそれを活かせる方向とは違う方に進んでしまったようです。