爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「流言のメディア史」佐藤卓己著

フェイクニュース」や「ポスト真実」といった言葉がクローズアップされています。

しかし、そういった事態は今になって始まったものかどうか。

 

実は80年前の状況をみてもそういったものがいくらでも見られます。

第二次世界大戦が始まった1939年、ドイツのポーランド侵攻などの戦況を伝えた日本の新聞には英独双方からの「捏造ニュース」があふれていました。

ドイツ側の情報もほとんど信用できないものが多かったのですが、「ドイツ占領下のノルウェーのベルゲンをイギリス海軍が奪回した」という架空の「目撃談」を載せた新聞がありました。

当時の状況は「新聞の紙面は英独双方の宣伝ニュースで埋め尽くされた」と林二十六氏が1940年に書いた「現代新聞批判」にあります。

 

もっとも、読者の方もこういったニュースの信ぴょう性が低いということは承知の上だったようで、各国の調査でも信じていないという人が多数を占めていました。

ところが、日本の政治指導者は信じてしまったようで、ドイツの快進撃と言う宣伝に騙されて真珠湾攻撃に突っ走ってしまったようです。

 

これらの新聞報道のいかがわしさを忘れたかのように、現在ではSNSなどのネット情報が間違いだらけであり、規制すべきとかいう議論が多くされています。

実際には新聞などのメディアもかなりいかがわしいものであり、量的には違うかもしれないが質的には同様だということでしょうか。

 

メディアの伝える仮想現実が現実社会に大きな影響を与えるようになった例として、「火星人襲来パニック」ということが挙げられます。

1938年、アメリカで起きたラジオドラマで、オーソンウェルズが作成した宇宙戦争というものを放送したところ、それを信じた人々がパニックを起こしたというものです。

しかし、この「パニックを起こした」ということ自体、メディアが作り上げたフェイクニュースでした。

当時、宇宙戦争を放送したCBS系列の「マーキュリー放送劇場」は聴取率3%以下と非常に苦戦していました。

裏番組のNBC系列の腹話術師エドガー・バーゲンと、人形のチャーリー・マッカーシーが繰り広げるコメディー番組が聴取率40%を獲得する状況でした。

そのため焦ったCBSオーソン・ウェルズ宇宙戦争に賭けたのでした。

しかし、その後の話題の大きさほどには実際の聴取者は多くは無く、大規模なパニックなども起こりようもありませんでした。

ところが、その後多くの新聞記事で大変なことが起きたかのような報道が作られます。

そして、それを読んだ読者も自分のあやふやな記憶が改変されて、大騒動が起きたかのように思わされてしまったようです。

 

 

1923年に起きた関東大震災で、自警団が編成され在日朝鮮人などが多数殺害された事件が発生しましたが、これには警察などから警戒情報が発せられたことが自警団暴走につながったと言われています。

しかし、どこまで影響を及ぼしたかは分かりませんが、在京の新聞社などもそれに沿った報道をしていた事実があります。

震災直後には新聞社の施設も被災し印刷もできない状況となったのですが、数日後には謄写版の号外を出すといった対応が始まっています。

それまでは、口コミのうわさとして「朝鮮人放火」といったことが流言として流れていたことはあったそうですが、それを新聞は記事にしてしまいました。

警察はそのような流言は掲載するなと言う通達を出しています。(9月2日)

3日以降、新聞はそういった流言をそのまま掲載してしまいました。

それが止まるのはようやく7日になってからのことだったようです。

 

 

太平洋戦争で戦況が徐々に悪化していくと、人々の間には口コミのうわさで日本が危ないというものが流れるようになります。

政府当局はそれを流言蜚語、さらに造言飛語と呼び取り締まりを強めます。

しかし、この場合新聞記事の方が流言蜚語であり、うわさの方が真実に近かったというのが歴史的事実でした。

このような「流言蜚語」の発生は、人々の「戦意」の強弱と関係が深そうです。

対米開戦時には人々の戦意も非常に強いものでした。

その時には、「流言」などはほとんど出回ることもありませんでした。

しかし、戦況が悪化してくると戦意も弱くなり、そうなると流言も飛び交うようになります。

 

政府発表の「ウソ」をそのまま報道していたのが新聞でした。

戦争が終わった時には、新聞社はそれを反省したと口では言っていました。

しかし、その後もウソと知りながら報道した例はいくらでも出てきます。

 

AIの発達で、AIにニュースを書かせれば真実だけを伝えるようになるという楽天的な見通しもあるようです。

しかし「AIが書くから真実であり批判できない」などと言う時代が来るはずもないし、そのようになったら大変なことでしょう。

未来は深刻なものになりそうです。

 

なお、かつては「輿論」と「世論」は別の物だったが、「輿」の字が使えなくなったので共用してしまったという、話だけは聞いたことがありましたが、「輿論と世論」ということを論じている人もいたということです。

輿論は情報、世論は情動ということですが、輿論がなくなって世論だけになったのは文字上の問題だけではないようです。

 

流言のメディア史 (岩波新書)

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