収斂(英語ではConvergence)とは、世界の様々な地域で違った特色を持つ民族や国家に属していた人々が、同じような中産階級として一つの集団として一体化していくということを指します。
国家の力がますます強まっているように見える世界で、そのような未来がやってくるのか、疑わしいものと感じますが、著者のマブバニさんはそう信じているようです。
マブバニさんは、現在はシンガポールのリー・クワンユー政策大学院の院長を務められているそうですが、ながらくシンガポール政府に所属し、外務次官や国連大使まで経験したということで、政治や外交の内情にも詳しい方です。
ただし、生まれはシンガポールの貧しいインド人移民の家で、努力して学問をしてきました。
本書巻末の訳者(山本文人氏)のあとがきにもありますが、グローバル化というと日本では「欧米化」「アメリカ化」のことのように考える人が多いが、この本は非西洋人、アジア人によるグローバル論であり、新興国の立場からのグローバル論であるということです。
アジアやアフリカ、などの新興国からは急激に中産階級に登る人々が増加しており、彼らの意識は国家にというよりは、グローバル世界に向いているようです。
彼らの比率がある程度の域を超えれば、世界の姿が変わっていき、それが「大収斂」になるだろうということです。
このような見通しは、あまりにも楽観的に過ぎるのではと当然ながら強く感じます。
そのような感覚でこの本を読み進めていくと、どうもそれほどマブバニさんも楽観的というわけでもないのかなと感じが変わっていきます。
そのような大収斂に対して、それを阻害する要因を次々と挙げていくのですが、どうもその記述の方が詳しく現状に即しており、この人は本当に楽観的に収斂に向かっていくと思っているのか、実は困難の方が大きく難しいと悲観しているのか、わからなくなります。
収斂に向かうためには現状のグローバルな不合理が障害になります。
国連システムの問題点は、マブバニさんがシンガポール国連大使を勤めていた経験があるということで、熟知しているところのようです。
国連は毎年のように予算の削減に向かっているのですが、世界保健機関(WHO)も国際原子力機関(IAEA)もその業務は増えるばかりであるのに、予算が減らされて活動は困難になっていくばかりです。
その他にもグローバルな矛盾というものは現在の地球に数多く存在しています。
グローバルで考えて利益が上がればよいのに、いまだに国益というものに執着する人々が多くの国の指導者となっています。
それが他の国から取り上げた利益であっても、自国さえ儲かれば良いというものです。
また、世界はどんどんと収縮していくのに、中国ばかりがどんどんと拡大していきます。
世界の中で中国の占める割合が急速に広がっています。
世界を収斂させようとするには、グローバル・ガバナンスを確立しなければなりません。
しかし、それに一番近いと思われる国連も歪んだ成り立ちから今に至るものがあります。
P5と呼ばれる、国連の常任理事国の5カ国にのみ許されている拒否権というものが国連の動きを制限しています。
この5カ国は、安全保障理事会のみならず、国連活動全体に自国の利益のみを押し付けます。
マブバニさんは、安全保障理事会の改革を提言しています。
まず、常任理事国は7カ国とします。
アメリカ、中国、ロシアは留任。
イギリスとフランスは1つのヨーロッパ代表と交代させる。
残りの3つの席は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの代表に割り振る。
これを現状の勢力図に当てはめれば、常任理事国の7カ国は、アメリカ、中国、インド、ロシア、ブラジル、ナイジェリア、EUとなります。
これらの常任理事国には、現状の国連分担金に加えて「追加納入金」を課します。
それぞれの常任理事国には最低でも国連予算の5%以上を割り振ります。
もしも、納入できなければ「常任理事国から外す」ということになります。
このような、困難な状況の世界ですが、マブバニさんはまだ期待をこめて最終章に「すべては収斂する」と述べています。
旧態依然の各国の政策は終焉し、グローバルな対話による世界が訪れるだろうとしています。
そりゃ難しいでしょう。
困難な行き先だけが目立ちますが、本書の最初に挙げられているように、新興国での急激な発展というものは間違いないようです。
まず、国の間での戦争というものの絶対的な減少は明らかです。
少なくとも、1000人以上が命を落とす戦争というものは、1988年以降78%減りました。
テロの危険性は大きくなったとはいえ、その死者は落雷で死ぬ人よりも少ないようです。
また、絶対的な貧困というものも着実に減少しなくなりつつあります。
教育を受けられる人々も増えています。
これらの結果、知能水準、教育水準、生活水準は上昇し、確実に多くの人々が中産階級に仲間入りしていると言えます。
特にアジア地域での増加は大きく、まもなくアジアが世界でもっとも中産階級の多い地域になるでしょう。
シンガポールが急速な発展をしていることは分かっていましたが、その中心ともいうべき人の意見を目にすることはありませんでした。
困難は理解しながらも希望は持っているということでしょう。