爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「OL誕生物語 タイピストたちの憂愁」原克著

著者の原さんの本は、以前に「サラリーマン誕生物語」というものを読んだことがあります。

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大正から昭和の初期にかけて、サラリーマンと呼ばれるホワイトカラー事務職員という職業が始まって、現代に通じるその歴史が始まったのですが、同時にOL、といっても当時は「職業婦人」と呼ばれていた女性たちの活躍も始まりました。

 

この本もサラリーマンの物語と同様に、田舎から出てきて東京の会社に務めるサラリーマン「阿部礼司」氏を主人公とした小説仕立てで書かれています。

しかし、そこかしこに引かれている参考資料などは詳細なものであり、作者が歴史研究者であることがはっきりと認識できるものです。

 

本書の中で描かれているように、「仕事をする女性」という存在はそれ以前からどこにでも見られたもので、と言うより、家事だけを行なう専業主婦などという存在はほとんど無かったわけですが、その時代に用いられた「職業婦人」という言葉が表すのは、男性の「サラリーマン」と同様に都会のオフィスで働く事務職員などでした。

 

特に、その時代を色濃く反映しているのは、「タイピスト」や「電話交換手」でした。

これらの職種はその前の時代には存在しなかったのですが、電話やタイプといった道具を用いる仕事が発生し、それを担当する働き手として女性が求められたのでした。

彼女たちは、それ以前の女性たちが就いたような工場労働者や店員などとは異なり、ある程度の専門知識が必要であったために、学校も上級のものを卒業しており、給与も少々多めに支払われていました。(とはいえ、男性社員と比べるとはるかに低い賃金ですが)

 

このような、女性進出が始まったのは、通信や情報関連の機器の発達ということもありましたが、ちょうど起きた第一次世界大戦(1914-1919)による労働力不足により、男性だけでは人手が足りなかったという理由もありました。

そのため、男性からの「仕事を奪われるのではないか」という不安も発生し、そのために今日まで続いているOLの直面する問題というのがすでに1920年代に発生していたようです。

すなわち、「雑務だけ」「重要な仕事を任せてもらえない」「昇進させない」「オフィスの花でいることを強制される」「結婚を機に退職を迫られる」「セクハラを受ける」等々で、男たちの振る舞いは昔も今も同様のようです。

 

物語は阿部礼司君の奮闘を描いていますが、そこにはタイピストを中心とした女性の姿を様々に描いています。

驚いたのは、この時代に彼女たちの衣装が和服がほとんどであるということです。

大正期にすでに町を歩く洋装の女性たちといった姿があったため、OLも洋装かと思えばそうではなく、作業性は悪いと思うのですがほとんど和服姿であったそうです。

ただし、休日などプライベートでの外出には洋服を着るという人も多かったようで、やはり会社には和服を喜ぶ強制力が働いていたようです。

 

昭和3年ごろの東京のサラリーマンの給与事情というものも描かれています。

三井三菱など、大手企業に務める大卒の初任給は、法科出で月給80円、工科出で100円、しかし、本書主人公の阿部礼司君のように中小企業務めの場合はそれよりだいぶ少なかったようです。

さらに、オフィスで働く女性たちは、タイピストで平均月収が40円、事務員だと30円と、男性よりはるかに少ない給与しか貰っていなかったそうです。

 

特に、東京で働く職業婦人の場合は親元から通っていなかった人も多かったということで、下宿代や食費もかかりその生活は苦しかったようです。

 

それでも、ある程度の教育も受けていなければならなかったため、彼女たちの家庭は中流階級であり、教養知識も身に着けていました。

しかし、現代のようにいつまでも働き続けるという人は稀で、結婚して退職というのが普通の道であり、さほど長期の雇用ということもなかったようです。

 

私が務め始めたのは40年以上も前の話ですが、その頃の記憶とこの本に描かれた昭和初期のオフィスの様子が驚くほど似ています。

その間、あまり変化も無かったということなのでしょう。

かえって、それから現在までの方が大きく変わっているようです。

 

OL誕生物語 タイピストたちの憂愁

OL誕生物語 タイピストたちの憂愁