爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ゲノム編集を問う 作物からヒトまで」石井哲也著

「遺伝子組み換え」という技術は実用への応用が広がり農産物の種類によってはそのほとんどが組み換えによる種子から作られているという状況になっていますが、最近ではそれをさらに高度にしたような「ゲノム編集」という技術が急速に発達しようとしています。

 

それは、遺伝子の中の一点をピンポイントで改変するようなもののために、大雑把な遺伝子組み換えのような誤作動の危険性も少なく、また生物の細胞に直接働きかけることが可能なために人間の医療への応用もできる可能性が強くなっています。

 

しかし、もちろん生命活動にはまだ未解の部分も多いために一つの遺伝子改変がどのような結果を生むのかが完全に予測できるわけでもなく、あらぬ方向に行ってしまう危険性も考えられます。

 

そのような最新技術のゲノム編集について、北海道大学生命倫理学の教授の石井さんが素人にも分かりやすく?解説しています。

 

ゲノム編集にはDNAのある配列に作用する制限酵素を用いますが、それが判明したのが1996年でした。つまりたかだか20年の歴史しか持っていません。

 

それ以前の遺伝子組み換えは1960年代から始まっています。

これには有名な大腸菌由来の制限酵素EcoR1を用いてDNAの特有の配列を切断し、別の生物から同様に切り出した遺伝子由来のプラスミドをそこに入れ込んで再結合させるという技術を基本としており、目的の生物に別の生物からの外来遺伝子を組み込むということになります。

豚にヒトのインスリン製造遺伝子を組み込んで作らせたり、農産物に除草剤耐性遺伝子を組み込んだりと、実用への応用も盛んに行われてきました。

 

 しかし、より精密でピンポイントのコントロールが可能なゲノム編集は、その第一世代として1996年のジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)という制限酵素の働きの解明から始まりました。

さらに第2世代のタレン(転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ)が2010年、そして第3世代で世界的に普及したクリスパー・キャス9が2,012年に発表され、生細胞の中に制限酵素を導入することで目的とする遺伝子配列だけを切断するということができるようになりました。

 

ただし、同様の遺伝子配列を持つ場所ではそれらの酵素が遺伝子を切断してしまうことになります。

こういった「オフターゲット変異」と言うものはこの技術の実現にあたって非常に問題となりますのでそれを防ぐ技術の開発と言うものも並行して行われていることになります。

 

このような技術を使った、農作物や動物などの遺伝子改変と言うことが可能となったのは、それぞれのゲノム情報、すなわち全部の遺伝子情報の解析が行われ、全遺伝子情報が得られたことによります。

これが無ければ、いくら対象となる遺伝子が分かったとしても他に同様の構造がある可能性があればそこには手がつけられません。

対象遺伝子が分かり、それを改変し、さらにその他には同様の構造の遺伝子が無いとわかった場合のみこのようなゲノム編集ができるということです。

 

すでに、ある種の酵素やタンパク質の生成を妨害して品種改良をするという方向でのゲノム編集は実際に行われており、ウドンコ病という病原菌が感染して起こるイネやコムギの病気はその病原菌が感染するのに必要なタンパク質があるため、そのタンパク質合成に関わる遺伝子を破壊してやるという品種改良が実施されています。

 

ただし、特に日本ではこれまでも遺伝子組換え作物の輸入や加工使用は大量に行われていても、栽培には非常に抵抗が強く事実上不可能となっている状態であり、ゲノム編集による品種改良が受け入れられるかどうかは不透明な状態です。

しかし、遺伝子組み換えのように外来遺伝子を組み込むのではなく、自らの遺伝子の一点だけを改変したゲノム編集作物を拒否できるのかどうか、難しいことになりそうです。

 

農畜産業などでのゲノム編集には受け入れに難しい制約がかかることが予想できますが、医療方面への応用は比較的スムースに進む可能性もあります。

なにより、難病に苦しむ患者が実際に治癒するという例が見せられれば納得する可能性もあります。

これまでも遺伝子治療という技術が試みられたことがありますが、従来の技術は遺伝子改変のポイントも絞られず大まかなものであったために効果も不明確でした。

しかし、ある遺伝子を破壊するだけで効果の出るような疾患の場合はゲノム編集技術を使えば劇的に効果が出る可能性もあります。

ただし、治療として採用されるために不可避の治験検討が非常に難しいことも予測されるために、実施できるようになるのはまだ相当先のことのようです。

 

なお、ゲノム編集が最高度に効果が発揮されるのは、生殖後の受精卵に対して実施される場合です。

受精直後の細胞に目的となる遺伝子変化を起こさせれば、その後の体内すべての細胞に受け継がれますので、その効果は全身に及びます。

しかし、生命倫理の観点からはこの技術はとても受け入れられるものではなく、実施は不可能でしょう。

ただし、技術だけは高度に発展していても道義的な基準の異なる中国での実施があるのではないかという怖れがあるようです。

 

また、医療だけに留まらず、より良い性状を作り出そうという、デザイナーベイビーという問題もSFの世界だけの話ではなくなるかもしれません。

日本は技術レベル以前にこういった技術を使うための体制づくりといった面が遅れているようです。

技術開発以前に、ルール作りということが求められているようです。

 

 最近、よく聞くようになった「ゲノム編集」というものが、どういうことかという疑問を持っていました。

この本を読んでようやく概要が判るようになった気がします。

生物の遺伝子の解析というものが急速に進んでいることは知ってはいましたが、それがここまで発達するとは。

驚きました。