爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「原発事故と放射線のリスク学」中西準子著

原発事故と放射線のリスクについて、横浜国立大名誉教授で独立行政法人産業技術総合研究所フェローの中西準子さんが著書を刊行されたのは今年の3月11日でした。
その話は直後に知り、ぜひ読んでみたいと思っていたのですが、やはり本屋で手に取ってから買いたいと考え待っていても田舎町の悲しさでなかなか出会えないままでした。ようやく1年ぶりに都会に出て行く機会があり、書店を訪れたところ本書は山積み状態で、さすがに違うものだとため息がでました。

中西さんは放射線に関しては専門ではないものの、リスク評価と言う分野では日本でも早くから手がけ、様々な化学物質など人間の生命に影響を与えるようなものの評価と言うことを推進してこられました。原発事故も初期の急性毒性を問題とするような時期は過ぎ、微量な放射線の影響を考えて対策を取ることが必要な時期になりました。それこそがリスク評価の働く場ですので中西さんも放射線専門家の意見を広く聞きながらまとめてこられたものが本書となりました。
第1章で「放射線のリスク」第2章で「原発事故のリスク」と、現状をできるだけ正確に判断するための基礎知識をまとめてあります。この部分でもいろいろな問題点があり広く流れているものが誤りであることも多いようです。
除染については、特に著者本人も書かれているように、除染目標値を出すと言うことはあるレベルのリスクを受け入れなければならないと言う話なので、「やや大袈裟に言えば研究生命をかけた」そうです。
年間1ミリシーベルトというのが国の言う安全レベルと言うことになってしまい、それ以上では帰還できないと言うような話になってしまっているが、そこまで減らすのはほとんど無理と言うことを誰も言いたがらないようです。
除染の目標としては年間20ミリシーベルトという値を出しておきながら、いずれは1ミリまでというような期待を抱かせるだけのことのようです。

後半では著者のこれまでの化学物質リスクについての研究の成果から、リスクトレードオフという考え方を紹介されています。なんらかのリスクを避けようとすると、その方策自体にリスクがあるためかえって害を受けることがあると言うことです。これを考えに入れると、どの程度まで放射線のリスクを受け入れるべきかと言うことが議論できるようになります。

この本を出版したことで、中西さんを「御用学者」と批判するということも起きているようです。現在、原発事故に関して何か科学的議論をしようとするとこう呼ばれるようです。政府や東電の姿勢を痛烈に批判している中西さんが誰の「御用」を勤めているのやら、すぐに判りそうなものですが。
しかし、おそらく中西さんはこのような世間の反応と言うものも予測して本書を出版されたものと思います。それほどに現在の原発についての議論が科学的な基礎を欠いた不毛なものになっていると感じていたからでしょう。
なお、ついでながら中西さんのこれまでの著書を見ているとこれまでも様々なところで「御用学者」よばわりの批判を何度も受けています。政府や企業に最大の批判を浴びせる一方、市民団体などでも不合理な主張をした場合は歯に衣着せずに批判をしてきたと言う中西さんの姿勢から来たものでしょう。

原発問題を正確に捉えるためにはぜひ読んでおきたい本と言いたい所ですが、ちょっと内容にむずかしい点もありますので、科学的基礎が欠けている方には無理かも知れません。