爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「エネルギーとコストのからくり」大久保泰邦著

NPO法人「もったいない学会」の副会長田村八洲夫さんの著書「石油文明はなぜ終わるか」の書評はつい最近書きましたが、これは「もったいない学会」のもう一人の副会長、大久保泰邦さんの同じテーマの著書です。
田村さんの著書はかなり専門的な内容で詳細なものでしたが、大久保さんのこの本は高校生・大学生程度の若い人向けに書かれているようです。少し読書慣れしている中学生なら理解できるかもしれません。

なんだか得体の知れない温暖化についても学校の授業で触れられているにも関わらず、より確かで影響も多大になると思われる石油ピーク以降のエネルギー減耗については学校ではまったく教えられることは無いようです。そのため、大学生や若い社会人でもこのような事態についての知識は乏しいと考えられますので、この本が広く読まれることが望まれます。

これまでの安価なエネルギーにより作られてきた文明をほとんどの人が必然と考えてきたという歴史から、エネルギーをコストで考えると言う基本が技術者や専門家でも頭から抜けおちている人が多いようですが、その辺りの誤りを正すかのような記述「エネルギーをコストから考える」から本書は開始されます。
「狩人とウサギ」「リンゴはどこから採る」という良く引かれるエピソードから解説が始まります。これは、狩人が必死にウサギを取って食用とするのですが、それにかけたエネルギーと取ったウサギを食べて得られるエネルギーを比べて、十分に元が取れないと狩人が生きていけないという基本、そしてリンゴが木に一杯に実っていても最初に取るのは手に届きやすい下のほうからで、梯子でも使わなければ届かない上の方の実に手を伸ばすのは下の方の実を取り尽してからという、どちらもエネルギーに関する人類の行動の原理を平易にたとえたものです。

石油の歴史の概要が説かれた後、「石油ピーク」とは何かという本書の最大のテーマに入ります。見慣れている者にとっては当然のことなのですが、何も予備知識が無い人が読むと驚くかも知れません。
これまでも何十年すると石油が無くなると言われてきたがそうはならなかったと言うのが楽観論者の良く口にすることですが、石油の採掘量と使用量、そして何より新たに発見される油田がほとんど無くなってきているという事実を合わせて考えればもう間違いのないことです。
さらに、原油価格がもう何年も高止まりしたままであること。中国やアメリカなどの国際政治での傍目も顧みない石油獲得の行動など、さまざまな現象を見ればすでに世界は石油ピークを迎えさらに供給量の減耗の時代に入りつつあるものと考えられます。

そして、石油など化石燃料に代わると言われて一般大衆の興味を集め、なおかつ広く安心感を与えている代替エネルギーと呼ばれるものの本質もずばりと切り捨てています。先の例え話で言えば、必死で何日も走り回って獲物を取っても取れたのはウサギどころかネズミが一匹といった程度のものかも知れません。しかし、政府など権力者にとっては人々の危機感を和らげ本質から目を逸らせるという役には立ち、そしてそれの開発研究に携わる者にとっては研究費を引き出すだけのものでしかないのですが、このあたりも若い人には刺激的な内容かもしれません。

最後に石油ピーク後にできるだけ生き延びるための社会構築についても触れられています。この辺は思い切った記述だと言えるかも知れません。なにしろコンパクトな町に住み自転車を活用し、家庭菜園も最大限に取り入れなければいけないというのですから。経済成長などというものとはまったく逆の方向性ですのですぐにそれを受け入れられる人はほとんど居ないでしょう。しかし、このまま石油に頼った経済成長路線を続けて行けば破滅的な展開となるのも必定であれば、なるべく早い時点での意識の転換が必要になります。

そのためにもできるだけ多くの学生・若い社会人に本書が届くことを祈ります。