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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本の地名」藤岡謙二郎著

以前にまったく同じ書名「日本の地名」という本を読みましたが、そちらは1997年出版の谷川健一さんの著書でした。

この本はそれよりもかなり古い、1974年出版、藤岡謙二郎さん当時京都大学教授の著書です。

谷川さんの本は地形やそこから来る表現に由来する地名という観点から書かれていましたが、こちらの本は歴史的な地名とその残存という観点が主のようでした。

 

最近はかなり減ってきてしまいましたが、「郡名」というものは読み方が特殊なものが多かったようです。

例えば、三重県員弁郡(いなべ)、愛知県幡豆郡(はず)、静岡県引佐郡(いなさ)などのものですが、これらは実は10世紀に源順(みなもとのしたごう)によって編纂された和名類聚抄に収められた当時の郡名とまったく同一のままです。

実は、明治の廃藩置県で旧国名とはまったく異なる県名を取ったために、都道府県名は完全にそれ以前の国名とは異なるものになったものの、郡名はそのまま継承してしまったようです。

 

さらに、それより小さな単位である「郷」の名、当時のだいたい50戸を一つとする行政単位の名称も昭和期までは町村名や大字・小字の名称として残存していたようです。

 

古代の地名には、自然地形から来たもの以外にも、氏族集団の名称や職業集団の名称から由来したものがありました。

大伴・物部・蘇我といった有力豪族の名称がそのまま地名となったところも数多くあります。

また、服部・鍛冶・弓削・矢作・鳥取といった、職業集団が住んでいたところがそのまま地名となったところも各所にあります。

 

その後、武士の時代以降にもその時々の社会現象を反映する形で地名は変化していきました。

江戸期以降は大規模な干拓や開拓が増え、分村の動きが活発になりますが、その結果各地に「新田」や「開作」「開墾」といった地名も見られるようになります。

 

昭和28年には市町村合併促進ということが行われ、新たな市町村の名称もできました。

しかし、その当時には中核となる市に吸収合併されるという形が多かったためか、名称も中核自治体のものがそのまま残存することが多かったようです。

 

このあたりの事情は本書から見るとはるか後になりますが、今回の平成大合併の際の新自治体名称決定とは大差があるところのようです。

平成大合併では中心都市が無い場合が多いためか、おかしな名称が横行してしまいました。そのために、古代から伝わった伝統的名称が失われてしまった例が多数あります。

おそらくその時には本書著者の藤岡さんはご存命ではなかったと思いますが、もしそれを知ったらどう思われたでしょうか。

 

どうも、地名という点ではこの10年ほどの間に多くのものを失ってしまったようです。