社会的な不正というものは次から次へと明るみに出るようですが、科学者の研究不正というものも特に最近は数多くなってきたように感じます。
その中でも特に医学や生命科学の分野で目立つようです。
本書著者の黒木さんは発がん機構の研究を長年やってきましたが、大学医学部の教授も務めてきたということで研究不正の対処にも多く関わってきました。
本書発行の2016年の寸前には社会的に大きな話題となった、STAP細胞とノバルティス事件という不正が明るみに出ました。
メディアを賑わせたということではSTAP細胞事件の方が記憶に残りますが、社会的・科学者的に大きな問題を残したのはノバルティス事件の方かもしれません。
ノバルティス社は降圧剤のディオバンの売り上げを伸ばすために多くの大学の研究者たちを取り込みデータの捏造を繰り返しました。
多くの大学の循環器内科の関係者たちはなす術もなく利用されました。
本書の最初はまず研究とはどうあるべきかを示します。
誠実(Integrity)で責任ある(Responsible)態度が求められます。
なお、Integrityの訳語としては公正とか高潔といったものもありますが、著者はここでは誠実という言葉を選んでいます。
次に不正の事例として21の事件を取り上げます。
なお、海外の事例はすべて当事者も実名ですが、日本人はイニシャルとしています。
この理由も最初に書かれています。
研究不正者の追及を目的とはしておらず、あえて個人名を明示する必要はない。
倫理規範に違反しているが法律違反は一例以外は無い。実名表示は避ける。
研究不正を行ったものは社会的に処分や社会的制裁を受けている。
本書が今後長く読まれる(かもしれない)ことを考えると実名を挙げられた個人とその家族が長い間不名誉にさらされるのは著者の本意ではない。
ということです。
まあ、それも一つの見識でしょう。
不正事例を見るとあまりにも単純な手口で行うものの世界的に影響が大きかったものもあります。
それを信じてしまう周囲の状況もあるようです。
特に韓国でヒト卵子への核移植を行ったという発表をしたファン・ウソクの場合などは社会が熱狂してしまいました。
それで止められなくなった本人の事情もあるのでしょう。
不正というのではないのでしょうが、論文の著者として誰の名を載せるかということでも関係者の見識が問われることがあります。
実際にはほとんど研究にもタッチしていないのに名前だけは載せるよう強要する人もいます。
そういった著者名は一番最後に来ることになっています。
ただし、このような事情というのは特に医学系や生命科学系で多く、物理学や数学などの理論的分野では著者はABC順に並べるだけといったのが普通だそうです。
こういった状況は研究不正の多さにも影響があり、著者のみるところどうも医学や生命科学分野の不正が多いようで、それに対し物理・数学分野ではほとんど出ないということがあります。
理論がすべてであるような分野と比べて実験による実証さえすれば論文となり優れていれば賞にもなるといった分野ではどうしても不正をしたくなることもあるのでしょう。
不正が疑われた場合に専門誌に掲載した論文を撤回するということが行われます。
このような論文撤回に追い込まれた研究者の件数では日本はかなり多い方だそうです。
特に最近増えているのは、研究費などが取りにくくなり業績次第となっていることも影響しています。
有名誌に多くの論文を掲載させることが研究費獲得に直接響くということで不正の誘惑に負けてしまう人も出てしまいます。
そのような不正を監視する体制というのも強まっています。
今ではネットで論文を公開しますので、データに不審があるといったことはすぐに広まります。
怖い世の中になったということかもしれません。